失業率は景気変動に遅れて動く
■景気が良いと雇用が増えて失業率が下がる
■景気対策の主目的の一つが失業率の低下
■景気回復初期は失業率が下がらない
■景気回復の終盤には失業率が下がれない
■高齢者の失業率は若者より低い
■少子高齢化で失業率が上がりにくくなる
(本文)
■景気が良いと雇用が増えて失業率が下がる
景気が良い時には物(財およびサービス、以下同様)がよく売れるので、企業が生産を増やし、そのために労働者を雇うので、失業者が減り、失業率が下がるのが普通である。
当然ながら、不況期は反対に、物が売れないので企業が生産を減らし、雇う労働者を減らすので、失業者が増え、失業率が上がるのが普通である。
したがって、景気が良いか悪いかを一般人が評価する時には失業率を見る場合も多い。一般人が景気を考える際にはそれで十分であろうし、経済成長率等々の統計と比べて振れが小さいことも大きなメリットと言えるだろう。
後述のように、失業率の動きは景気の動きに少し遅れるので、景気が回復に向かい始めた時や後退しはじめた時には失業率を見ていても変化に気づけない場合が多いだろうが、景気予想屋以外の人は気にする事はなかろう。
■景気対策の主目的の一つが失業率の低下
一般の人にとっては、景気そのものよりも失業率の方が興味があるかも知れない。政治家にとっては、おそらくそうだろう。失業は人々を不幸にするので、失業率を下げることが政治の大きな目的であり、政府が景気対策を講じる主目的は失業率を下げることだと言っても過言では無かろう。
そうだとすると、「失業率を見て景気を知る」よりも、「専門家の景気判断を聞くと、もうすぐ失業率が下がってくるはずだという希望が持てる」といった事が一般の人や政治家にとっては重要なのかも知れない。
■景気回復初期は失業率が下がらない
景気が悪い時は、「企業内失業者」が大勢いる。特に日本企業は終身雇用制なので不況期でも正社員のクビが切れず、社内に余剰人員を大量に抱え込むことになりかねない。
そんな時に景気が回復を始め、売上高が若干増えたとしても、企業は余剰人員の尻を叩くだけで容易に増産できるはずだ。したがって、雇用は増えず、失業率も改善しない。
さらに景気が回復し、社員全員が忙しく働くようになったとしても、企業は新規採用には慎重になるだろう。次の不況期に余剰人員を抱え込むリスクがあるからだ。それなら、現在の社員に割増賃金の残業代を払って残業してもらった方が良い、と考えるわけだ。
さらに景気が回復すると、企業は求人を始めるが、それでも失業率が低下するとは限らない。求人票の増加をみて、それまで仕事探しを諦めていた高齢者や子育て中の主婦などが仕事を探し始めるからだ。
ちなみに統計上の失業者というのは「働きたいのに働けていない人」ではなく、「仕事を探しているのに見つからない人」である。したがって、探せば仕事が見つかるかも知れないという希望が広がると皆が一斉に仕事を探し始めて、失業率がむしろ上がってしまう事さえあるわけだ。
失業率が下がるのは、さらに景気が拡大して、仕事を探す人の増加よりも求人の増加が上回るようになってからである。
景気が後退しはじめた場合にも、同様のメカニズムが働くため、失業率は直ちには上昇しない。というわけで、失業率は景気に遅れてうごくことになるのである。
■景気回復の終盤には失業率が下がれない
景気が回復すると失業率が下がるのが大原則であるが、景気回復初期にはタイムラグが生じるのみならず、景気回復の終盤には失業率の低下が止まってしまう場合もある。求人広告を出しても求職者が増えないからである。
失業者はゼロにはならない。より良い仕事を求めて転職のために仕事を辞める人もいるだろうし、夫の転勤に妻が同行し、同行先で仕事を探す場合もあるだろう。好況期には比較的簡単に次の仕事が見つかるだろうが、それでも失業している期間はゼロにはならないはずだ。
さらには、条件面で折り合わない場合もある。パソコンを使えない人ばかりが仕事を探している時に、企業がパソコンを使える人を求めても採用できず、失業者も減らないだろう。田舎で親の介護をしながら親の自宅から通える仕事を探している人がいても、都会での求人に応じることは出来ないだろう。
したがって、失業者のすべてが上記のような失業者である場合には、景気が拡大しても失業者は減らないことになる。失業率も当然下がらないわけだ。
そんな時には、景気が拡大を続けると労働者の引き抜き合戦が始まり、賃金水準が上がっていくはずだ。それが売値に転嫁されてインフレが生じるかもしれない。
インフレ予防のために日銀が金融を引き締めれば、景気が拡大から後退に転じるかも知れない。というわけで、失業率が下がらなくなったら景気拡大は終盤に近いと考えて良さそうだ。そこまで景気がよくなった事は過去数十年無かったことであるが。
■高齢者の失業率は若者より低い
余談であるが、高齢者の失業率は現役世代の失業率より低く、女性の失業率は男性の失業率よりも低い。失業しているのは女性と高齢者が多いと思っている人も多いだろうが、統計を見るとそうではないのだ。
その理由は、上記のように仕事を探していない人は失業者の統計に含まれないことだ。現役世代の男性は、失業しても仕事探しを諦めないが、高齢者や主婦などは無理だと思ったら仕事探しを諦める傾向にあるので、こうした不思議な数字が出てくるわけだ。
■少子高齢化で失業率が上がりにくくなる
これも余談であるが、少子高齢化は失業率を上げにくくする要因である。一つには、現役世代の比率が下がるからである。物を作る人である現役世代人口は減るのに、使う人である総人口は減らないので、「若者は失業などしていないで働いて物を作れ」と言われるわけだ。
もう一つ、若者の需要より高齢者の需要の方が労働集約的だ、という事も影響しているようだ。若者が100万円の自動車を買っても全自動のロボットが自動車を作ってしまうので失業者は減らないが、その若者が高齢者となって100万円で医療と介護のサービスを頼むと医師や看護師や介護士といった労働力の需要が増えるからである。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(8月20日付レポートより転載)