不況期に中小企業の新陳代謝を促進するのは危険

2020/11/06 <>

■財務省は中小企業の新陳代謝を口実に給付金を終了へ
■ゾンビ企業が新陳代謝を阻害しているわけではない
■給付金で生き残っているのはゾンビ企業に限らない
■景気が悪化すれば新興企業も育たない
■景気回復後に新陳代謝を目指す事は当然
■後継者難の中小企業の事業譲渡を支援して欲しい

(本文)
■財務省は中小企業の新陳代謝を口実に給付金を終了へ
財務省の審議会は、中小企業を支援する給付金を延長せずに終了すべきとの議論をしている模様で、財務省もその方向で動くのであろう。財務省が歳出削減に動く事自体は何も驚かないが、本稿が問題としたいのはその理由である。

ゾンビ企業の延命は企業の新陳代謝を阻害する、という考え方が今回の議論の背景にあると伝えられているが、それは大変危険な事である。ちなみにゾンビ企業という言葉を本稿では「非効率な経営で赤字を続けており、景気が回復しても補助金等がなければ生き残れない企業」という意味で用いることとする。

「不況期にはゾンビ企業の存在が新興企業の邪魔をしているわけではない」「不況期に中小企業への補助金を削減すれば、ゾンビ企業以外の企業も倒産しかねない」「景気が悪化すれば新興企業の成長も阻害される」という3点について論じてみたい。

■ゾンビ企業が新陳代謝を阻害しているわけではない
「非効率なゾンビ企業等が労働力等を囲い込んでいるために、人材等が流動化せず、効率的な企業が発展する際の邪魔になっているのだから、ゾンビ企業が淘汰されて新興企業が育つように新陳代謝を促進しなくてはならない」という考え方がある。

現実を見つめる事なく、頭の中だけで理屈を考えれば、そして失業者の存在を考慮しなければ、そういう事は言えそうである。

しかし筆者は現実を見つめる「景気の予想屋」であるので、不況期には世の中に失業者が大勢いる事を知っている。そうであれば、新興企業は失業者を雇えば良いのであって、わざわざゾンビ企業を淘汰する必要は無い。

完全雇用の状態と不況期の状態とでは、採用すべき政策が異なるのだが、経済学者の中には失業の存在を気にしない人が多いので、こうした非現実的な主張が出てくるのである。

余談であるが、筆者が若かった頃、高名な経済学者と雑談させていただいた事がある。「円高で失業が増えて大変ですね」と申し上げたら「円高で輸出企業を解雇された労働者は、輸出企業以外に就職すれば良いのだから、心配する事はない」と教えていただき、「この方とは一生意見が合わないだろうな」と思ったものである(笑)。

■給付金で生き残っているのはゾンビ企業に限らない
給付金をやめる事によって、ゾンビ企業だけが倒産するのであればまだ良いが、実際には効率的な企業であっても新型コロナ不況で倒産の危機に立たされている企業は数多くあるはずだ。

たとえば観光地の旅館で、非常に優れた経営をしている所でも、新型コロナを恐れて客が来なければ倒産してしまうだろう。景気回復まで耐えていれば素晴らしい観光サービスを再び提供できる筈なのに、倒産してしまうとそれが叶わないわけである。

倒産により旅館は取り壊され、備品は二束三文で叩き売られ、ノウハウや信用や顧客リストといった無形資産は雲散霧消してしまうことだろう。景気回復後に新しく旅館を建てるとしても、莫大な費用がかかるし、ノウハウや信用等を得るには時間もかかるだろう。それは日本経済にとって大きな損失である。

通常の不況であれば、ゾンビ企業から順番に淘汰されていくのかも知れないが、新型コロナ不況では業種によって淘汰されるか否かが決まる面が強く、効率的な企業でも業種によっては簡単に淘汰されてしまいかねない。

そうした事態を避けるためには、是非とも給付金を支給しつづけるべきなのである。「ゾンビ企業には給付金を支給せず、効率的な旅館等にだけ支給する」という事が出来れば良いが、その見極めのために大変なコストと時間がかかるのではなかろうか。

■景気が悪化すれば新興企業も育たない
新陳代謝ということは、新興企業が育つ事が期待されているのであろうが、新興企業が育つためには需要が必要である。しかし、多くの企業が淘汰されてしまえば失業者が増え、「給料がもらえないので物が買えない」という人が増えて景気が悪化し、新興企業の製品に対する需要も減り、肝心の新興企業が育つ事が出来ないかも知れない。

景気というものには、悪化を始めるとそのまま悪化していく力が働くので、不況期にはとにかくゾンビ企業でも延命して雇用を守り、消費が減らないように万全の対策を講じなければいけないのである。

■景気回復後に新陳代謝を目指す事は当然
筆者は、新陳代謝の重要性を否定しているのではない。景気が回復した後はゾンビ企業が淘汰されて、労働力がゾンビ企業から新興企業に移る事が望ましいと考えている。

そして、それは自然と起こるであろう。景気が回復して労働力不足になれば賃金が上がり、高い賃金の払えないゾンビ企業から順番に淘汰されて(労働者が逃げて)いく筈だからである。

問題は、そうした時にも政府の保護策が取り外されずにゾンビ企業が淘汰されないという可能性がある事である。

そうした可能性があるのであれば、次回景気回復時には筆者も財政再建至上主義者と一緒になって「政府はゾンビ企業の延命に手を貸すな」と主張することにしたい。

■後継者難の中小企業の事業譲渡を支援して欲しい
中小企業の経営を論じたついでなので、余談を一つ。中小企業の経営者の高齢化に伴って、収益的には問題ないのに後継者難から廃業を余儀なくされる企業が多いと聞く。これは勿体無い話である。

ここは是非とも政府が「お見合いの仲人」を務めることで事業承継等がうまく行くように支援していただきたい。政府自身が仲人をしなくても、「仲人事業」を税制面等々で支援する、といった事も検討していただきたい。

新型コロナ不況下、給付金が打ち切られるような事になれば、頑張って来た高齢の中小企業経営者が心が折れて廃業を決断してしまうかも知れない。是非ともそうした事態を避けるべく、対策をお願いしたいものである。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(11月4日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
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