アベノミクスは本当に景気を回復させたのか
■まずは安倍総理に「お疲れ様」
■経済成長率が高かったわけではない
■労働力不足が景気を抑制した面もあるが
■円安の景気拡大効果が小さかったことは残念
■金融緩和はもともと景気には効きにくい
■結局は「景気は気から」が貢献した模様
(本文)
■まずは安倍総理に「お疲れ様」
安倍総理が持病の悪化で退陣される事になった。読者の中には安倍総理を好きな人も嫌いな人も、政策を高く評価する人も評価しない人もいるだろうが、とにかく長期間にわたって身を粉にして日本国のために働いて下さった事だけは間違いないであろうから、拙稿の冒頭にあたって「お疲れ様でした。有難うございました。」と記させていただく事をお許しいただきたい。
■経済成長率が高かったわけではない
安倍総理といえばアベノミクスで景気を回復させた人、という印象を持つ人が多いだろうし、「成長戦略は今ひとつであったし、それ以外にも色々と問題はあったが、失業率は下がったし株価は上がったし、アベノミクスで景気が回復した事は間違いない」いう辺りが一般的な理解だろう。
しかし、本稿は敢えてこの点について蒸し返してみたい。本当にアベノミクスは景気を回復させたのか、そうだとすれば、どのように?
民主党政権時代というと、株価が低迷していて経済はボロボロだった、という印象を持っている人が多いだろうが、当時の平均的な経済成長率(四半期ベース前期比)は0.4%であった。年率1.6%であるから、決して悪く無いのである。
まあ、リーマン・ショックで大きく落ち込んだ所からの自律的な回復といった部分が多いであろうから、経済政策が寄与したとも言えないのだろうが、とにかく経済成長率はそこそこ高かったのである。
一方で、アベノミクスの期間の経済成長率は0.3%、年率1.2%であった。ちなみに本稿でアベノミクス期間というのは、昨年秋までの期間を指すこととする。昨年秋の消費増税後の落ち込みや今年の新型コロナ不況は含まない期間についての考察である。
これは決して高い成長率とは言い難いだろう。せいぜい、アベノミクスはリーマン・ショックからの回復過程の景気を腰折れさせずに持続させた、といった程度ではなかろうか。
■労働力不足が景気を抑制した面もあるが
経済成長率が低かった理由の一つは、労働力不足によって成長できなかった、という事であろう。需要はあるのに労働力不足で生産できないから成長率が高くなれない、というわけである。
建設業界では労働力不足からアベノミクスの第二の矢である公共投資が十分に執行出来なかったと言われているし、介護等々の業界では恒常的に労働力不足で需要が満たせていないと言われている。
たしかに一部の産業ではそうした事があったようである。しかし、経済全体として労働力不足が成長率を大きく制約した、と考えるわけには行かないだろう。
もしも本当に経済成長率を大きく制約するほどの労働力不足になっているとしたら、需要が供給を上回るわけだから物価がもっと上がっていただろうし、省力化投資も進んでいただろう。日本中の飲食店が自動食器洗い機を導入したはずだが、そこまでの動きは無かったようである。
■円安の景気拡大効果が小さかったことは残念
筆者はアベノミクスの初期に、円安になった事を大いに歓迎し、これが輸出数量を著増させ、輸入数量を減少させ、国内生産を増加させて景気を回復させるに違いない、と予測したが、残念ながらそうはならなかったのである。
企業が為替レート変動の影響を受けにくいようにする等の目的で「地産地消」を進めた、という事のようであるが、円高期に無理をしてドル建て輸出価格を引き上げずに我慢していたので、円安になってもドル建て輸出価格を引き下げる余地がなく、輸出数量がそれほど増やせなかった、という事もあったようである。
そうは言っても、円安ドル高になれば輸入酒を飲まずに日本酒や焼酎を飲む消費者が増える事は期待される所であるが、それも生じなかったようである。筆者のように「酒は酔うための道具だから、酒なら何でも良い」という消費者は少数派なのかも知れない(笑)。
「ドル高円安で輸出企業の収益が改善した事が景気を拡大させた」と考えている人がいるようだが、残念ながらそれは違う。日本は輸出と輸入が概ね同額であるから、輸出企業がドルを高く売れた分は輸入企業がドルを高く買わされている分と同じなのである。
輸入企業がそれを消費財価格に転嫁するかかもしれないが、その場合でも消費が減って日本経済にマイナスの影響を与えて輸出企業の利益拡大分を相殺してしまうのである。
ドル高円安に効果があったとすれば、利子配当所得の受取が円換算で増加した事であろうが、その部分の多くは再投資されて国内の景気には貢献していなと思われる。
今ひとつ、ドル高は株高をもたらすため、国内の株高の一因はドル高であったようだが、これも景気に与えた直接的な影響は乏しいであろう。
■金融緩和はもともと景気には効きにくい
金融緩和はもともと景気には効きにくい。「景気過熱時にヒモで引っ張ることは出来るけれどもヒモで景気を押し上げる事は出来ない」という事で金融緩和はヒモであるという人がいるほどである。
景気が悪くて工場の稼働率が低い時に金融緩和で金利が下がったとしても、新しい工場を建てようという企業は少ないであろう。ましてゼロ金利下で金融緩和されても、設備投資の意欲は全く増さないはずである。
今次アベノミクスのように、美人投票による偽薬効果で株高とドル安が実現すれば、それが景気にプラスの影響を与える事は考えられるが、残念なことにドル高円安の影響は上記のように期待を裏切るものであった。
ちなみに、アベノミクスによる株高等については拙稿「株価は美人投票だと言われるのは何故か (https://column.ifis.co.jp/toshicolumn/tiw-tsukasaki/125518)」を御参照いただければ幸いである。
株高の景気刺激効果は、もともと日本では小さいと言われている。家計の株式保有が少ないので、「株価が上がったから贅沢をしよう」という人が少ないからである。
■結局は「景気は気から」が貢献した模様
以上のように、アベノミクスによる個々具体的な政策が具体的な波及経路を伴って景気を拡大させた面は決して大きくないようである。
しかしそれでも、筆者はアベノミクスの功績は大きかったと考えている。「景気は気から」であるから、「アベノミクスで景気が良くなりそうだ。株もドルも値上がりしているし、公共投資も増えそうだし、金融緩和も景気に良さそうだ」と人々が考えたことが景気を押し上げた、という事であろう。
その結果、バブル崩壊後の長期低迷期の日本経済を苦しめ続けてきた失業問題とデフレが一気に解決し、仕事探しを諦めていた高齢者や子育て中の女性でさえも仕事にありつけるようになった。
企業の利益も増え、税収も増え、財政赤字も減り、アベノミクス前とは見違えるような経済となったのである。自殺者の減少も、おそらく景気回復の影響を強く受けたと思われる。
もちろん、少子高齢化によって失業が減った、等々は否定できない。少子高齢化による効果が「あと少しで労働力余剰から労働力不足に転換する」となったタイミングで偶然にもアベノミクスが実施され、転換を実感する契機となった、という意味では幸運であったと言えよう。
しかし、それでもなお、結果を見ればアベノミクスの成果は素晴らしいものである。素直にアベノミクスの日本経済への貢献を評価して本稿を終えることとしたい。
本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。
(9月1日発行レポートから転載)