内部留保が賃上げに使えない理由

2020/02/08

■内部留保はバランスシートの右側にある
■内部留保は、利益のうちで配当されなかった金
■内部留保を使って設備投資をするのは無理
■内部留保を使って賃上げをするのも無理
■そもそも内部留保は悪いものではない

(本文)

日本企業の内部留保は巨額であるため、「日本企業は内部留保を溜め込みすぎであるから、これを設備投資や賃上げに使わせるべきだ」という人をみかける。しかし、これは内部留保というものに対する基本的な知識が欠けている事に基づく見当違いの発言であるので、気をつけたい。

■内部留保はバランスシートの右側にある
企業の現状を示す書類はバランスシート(日本語では貸借対照表)である。バランスシートは左右に分かれていて、左側の合計と右側の合計が等しい(バランスしている)ので、そう呼ばれているのである。

左側は「資産」と呼ばれ、企業が持っている物が記載されている。現預金や工場設備などである。

右側には、それを手に入れるための資金をどのように調達したかが記載されている。内訳は資本金(株主に出してもらった金)、内部留保(利益のうちで配当されなかったお金=勘定課目では利益剰余金)、負債(銀行などからの借金)である。

「黒字倒産」という言葉が象徴するように、会計上は利益と認識されているお金であっても、在庫や売上債権(まだ資金回収がなされていない売上)もあるので一概に内部留保=現金であるわけではないが、この稿では(内部留保=現金)と単純化して話を進める。

■内部留保は、利益のうちで配当されなかった金
企業が利益を稼ぎ、その一部を株主に配当すると、残った金は現金として手元に残る。これがバランスシートの左側に記載される。同額が「利益のなかで配当されなかった金額、すなわち内部留保」としてバランスシートの右側に記載される。

この現金をそのまま金庫に入れれば、バランスシートの現金(資産)と内部留保がそれぞれ同額だけ増加して終わりである。現金で設備機械を買う事もでき、その場合、現金の代わりに設備機械が増えることになる。いずれにしても、最初と最後を比べれば、右側は内部留保が、左側は現金または設備機械が増えることで、左右ともに拡大したことになる。

この現金は、借金の返済に使うこともできる。その場合には、現金が減って負債も減ることになる。最初と最後を比べれば、左側は何も変化がなく、右側は内部留保が増えた分だけ負債が減る結果として総額は変化しなかった事になる。

いずれの場合も、内部留保は同じである。利益額と配当額が決まった時点で、内部留保額は決まるので、現金のまま持っていようと設備投資をしようと借金を返済しようと、内部留保には変化が無いのである。

■内部留保を使って設備投資をするのは無理
上記から明らかなように、設備投資をする際に使うのは資産である現金である。では、設備機械を買うための現金が足りない場合はどうするのか。株主に資金を出してもらって資本金を増やすか、銀行から借金をするか、どちらかが普通であろう。この場合は、当然であるが、内部留保を使って設備投資をした事にはならない。

急がない場合には「今後は配当をせずに利益はすべて内部留保する」という手段もある。そうすれば、利益の分だけ現金が増え、同額だけ内部留保が増えることになる。その現金を使って設備機械を買えば良いのである。

この場合、設備投資は実施されているが、内部留保は増えている。これも「内部留保を使って設備投資をした」と記せない事は明らかであろう。

■内部留保を使って賃上げをするのも無理
内部留保を使って賃上げをするのも、同様に無理である。賃金は売上代金から払われるものであるから、内部留保を使って賃上げをする事はできない。

もっとも、設備投資と比べれば、それに近い事は可能かも知れない。大幅な賃上げをすると利益が大幅に減る。利益が大幅に減っても配当を減らさなければ、結果として内部留保は減るかも知れない。あるいは、赤字になるほど極端な賃上げをすれば、結果として内部留保は減る事になる。

しかし、それを「内部留保を使って賃上げした」と記すべきか否かは大いに疑問であるし、それは健全な企業のあり方とは思われない。

「内部留保を使って賃上げしろ」と言っている人が、そうした事を求めているのだとすれば、それは理論的には可能かもしれないが、到底企業が受け入れられる話では無いだろう。

■そもそも内部留保は悪いものではない
そもそも、内部留保を溜め込む事が悪いことだ、というわけではない。企業が利益を稼ぐ事は良いことであるし、それを全額配当しなければならない訳ではない。

配当されなかった利益を借金の返済に使えば、利益を稼ぐ前と比べて資産規模は変わらずに、負債が減って内部留保が増えることになるが、それによって将来の金利支払いが減るし、借金が返せなくて倒産してしまうリスクも減る。

儲かっても配当せずに、設備投資もせずに、札束を金庫に積み上げている企業もあるだろう。そうした企業は内部留保が積み上がっているだろうが、それとて内部留保が悪いわけではない。

速やかに積み上がった札束を使って借金を返済するか設備投資をするか配当をするか、いずれかを実行すれば良いだけの事である。配当を選択した場合には内部留保が結果として減る(元に戻る)こととなろうし、借金を返済するか設備投資をするかを選択すれば内部留保は減らない(増えたままである)が、それが悪い事と言うわけではない。

結論を言えば、論者は「現預金が積み上がっているなら、それを有効に使わせろ」と言うべきなのである。それなら一理あろうが、「内部留保をため込んでいるなら、それを有効に使わせろ」というのは、議論の余地のない誤りなのである。

バランスシートの右側には資本金と内部留保と負債があるわけで、「内部留保をため込んでいるなら、それを有効に使わせろ」というのは、「資本金が巨額にあるのだから、それを有効に使わせろ」「借金が巨額にあるのだから、それを有効に使わせろ」というのと同じことである。資本金や借金について物言う人がいないのに、内部留保についてだけ物言う人がいるのは、不思議なことである。

本稿は、以上である。ちなみに本稿は、わかりやすさを優先したため、細部の厳密さは犠牲になっている。事情御賢察の上、ご了承いただきたい。

(2月3日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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