長短金利逆転は景気後退を意味せず

2019/04/03

(要旨)
・長期金利の基本は予想短期金利の平均➕α
・過去のインフレ局面との比較は危険
・長期金利が低すぎる?
・長短金利逆転が景気を後退させる可能性は小
・市場は連銀より賢いのか?
・債券市場は株式市場より賢いのか?
・美人投票だから株価が値下がりしただけ?

(本文)

3月22日、米国で10年国債の利回り(以下、本稿ではこれを長期金利と呼ぶ)が短期金利を下回った事が材料視され、株価が大幅に下落した。今回は、その事について考えてみたい。

・長期金利の基本は予想短期金利の平均➕α
長短金利が逆転するという事は、どういう事だろう。それは、「今後10年間の短期金利は今の短期金利より低いだろう」と市場参加者が予想している、という事である。それは、長期金利が予想短期金利の平均➕αになるからである。

投資家は、10年国債を買うか、短期国債を購入して満期のたびに新しい短期国債を購入するか、二つの選択肢を比較している。もしも短期国債を買い続けた方が金利を多く受け取れると予想されるならば、長期国債を買う事は無いだろう。

反対に、長期国債を購入した方が金利を多く受け取れる(つまり予想される短期金利の平均が長期金利を下回る)場合には、長期国債を購入するだろうから、長期国債の価格が上昇(利回りは低下)していくはずだ。

したがって、長期金利は予想短期金利の平均と等しくなるはずだ、というのが議論の出発的である。実際には、長期金利の方が少し高くなることが多いが、それは「長期国債を持っていると値下がり損をするかも知れないから、期待値が同じなら短期国債を買おう」等々と考える投資家が多いからだと言われている。したがって、長期金利は予想短期金利の平均プラスαという事になる。

それを前提に長期金利が短期金利より低くなったという現象を考えると、債券市場の参加者は「将来の短期金利は今の短期金利より低いだろう」と予想している、という事になる。

・過去のインフレ局面との比較は危険
株価が大幅に下落したのは、株式市場が「長短金利逆転は景気後退の前兆かもしれない」と捉えたからだと言われている。その根拠は「過去の長短金利逆転の際には、遠からず景気が後退したから、今回も」という事のようである。

しかし、その考え方は危険である。過去の長短金利逆転が多くの場合金融引き締め時に起きており、今回はそうではないからである。

金融の引き締めという事は、インフレを抑制するために景気を故意に悪化させようと考えて、中央銀行が短期金利を普通の水準よりも高く設定する、という事である。そうなれば、長短金利は逆転する可能性が高い。

それは、「今後10年の間には引締めも緩和もあり、平均すれば普通の金利程度になるだろう」と人々が考えるため、長期金利は普通の短期金利プラスαになるはずだからである。

すなわち、過去に長短金利逆転のあとで景気が悪化したのは、原因が金融の引締めであって、その結果として長短金利逆転と景気後退が起きたのである。しかし、今回はそうではない。中央銀行には景気を悪化させる意図は無いし、そもそも短期金利を普通の水準より高く誘導しているわけでも無いからである。

・長期金利が低すぎる?
今次局面においては、長期金利が低すぎるのかも知れない。「普通の短期金利」が2%台後半と言われているのに、2%台の前半にまで低下したからである。

その理由としては、「海外投資家が金融緩和を受けて米国債を大量に購入しているから」「投資家たちが米国経済の長期的な成長性を低く見積もっているから」「米国経済がインフレ無き成長を可能とする体質に変化したと投資家たちが考えているから」等々の可能性が考えられるが、そうであれば長短金利逆転の後に米国の景気が悪化すると考える必要はなかろう。

・長短金利逆転が景気を後退させる可能性は小
反対に、長短金利逆転が景気を悪化させるという考え方もある。一つは、銀行の収益悪化が銀行の貸出意欲を削ぐ、あるいは銀行の自己資本を減らして「貸し渋り」を招く、というものである。

「短期金利が上昇すると、銀行の預金金利も上昇する。長期固定金利の貸出が多い銀行は、金利収入が増えずに支払い金利が増えることで収益が悪化する」「長期金利が低下すると、長期債を購入しても長短金利差で儲ける事ができない」といった事であろう。

今回は、短期金利の上昇というよりも長期金利の低下であるが、これが景気を悪化させる可能性は小さそうだ。長期金利が低下すれば、銀行が保有する長期債の価格が上昇するので、短期的には銀行の利益と自己資本が増える要因ともなるからだ。

理論的には「長短金利が逆転したから景気が後退するだろう」と考えた企業が設備投資を手控えることで景気が実際に悪化する、という可能性も皆無ではない。しかし、可能性は非常に小さいだろう。

そもそも一般企業は設備投資判断の前提となる景気判断に際して長短金利差を参考にはしないであろうし、そうであれば長期金利の低下は設備投資をする企業にとってはプラス要因だからである。

・市場は連銀より賢いのか?
今次局面において重要なことは、連銀は景気の後退を予想していない、という事である。それにもかかわらず景気が悪化すると主張するためには、連銀を論破するような理由を述べなくてはならない。しかし、説得的な説明は聞こえてこない。

「長短金利が逆転したから」ではダメだ。連銀だってそんな事はわかった上で、それでも景気は後退しないと考えているのだから。

・債券市場は株式市場より賢いのか?
じつは、今次局面で長短金利が逆転したという情報は、「債券市場の参加者は景気後退を予想している」という事を意味しているに過ぎない。短期金利が上がったのではなく、長期金利が短期金利以下に下がったのであるから、逆転の理由は「債券市場の投資家が買ったから」というだけのことである。

そして、「長短金利が逆転すれば遠からず景気が悪化する」と考えている人々が、短期金利より低い水準まで長期債を買い上げた結果として長短金利が逆転したわけだから、彼らは景気後退を予想しているのであろう。

問題は、長短金利の逆転を理由として「景気が悪化しそうだ」との思惑から株価が下落したことである。これは、株式市場の参加者が「自分で景気を予想するよりも債券市場の参加者の予想を利用する方が当たりそうだ」と考えているようにも見える。そうだとすれば、株式投資家の自尊心が疑われる状況である(笑)。

・美人投票だから株価が値下がりしただけ?
さすがに株式投資家にも自尊心はあるだろうから、上記が正しくないとすると、考えられる事は「美人投票の影響」である。多くの投資家が以下のように考えたとすれば、起きた事が説明できるからである。

「自分は景気の予想をしっかり行っているが、株式投資家の中には自分では予想できず、債券市場の投資家の予想を利用する人も多いようだ。そういう人は、逆転を見て景気悪化を予想し、株を売るだろう。そうなれば株価が下がるだろうから、自分もその前に売っておこう」という考えである。

3月21日は長期金利が短期金利より0.05%高く、22日は0.05%低かっただけである。つまり、誤差の範囲内の動きだったわけである。それなのに株式市場が大きく値下がりしたのは、「逆転の報道を見て他の投資家たちが売るだろうから自分も」と考えた投資家が多かったから、と考えるのが自然であろう。美人投票、恐るべし、である。

(4月1日発行レポートから転載)

久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
塚崎公義『経済を見るポイント』   久留米大学教授 TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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