人民元切り下げに関する考察

市川レポート(No.129)人民元切り下げに関する考察

  • 中国人民銀行は基準レートを大幅な元安方向に設定し、事実上の元切り下げを実施。
  • 現行制度下でも元安誘導は可能だが、当局は基準値の大幅変更で強い姿勢を示す。
  • 景気対策は総合的に行われ、周辺国にダメージを与えるほどの元安の進行はなかろう。

 

中国人民銀行は基準レートを大幅な元安方向に設定し、事実上の元切り下げを実施

 中国人民銀行(PBOC、中央銀行)は8月11日、人民元の対米ドル為替レートの「基準値」を前日から1.9%引き下げました。中国当局は、緩和的な金融・財政政策によって国内景気の下支えに努めていますが、事実上の人民元切り下げという通貨政策を新たに実施し、輸出競争力の回復を通じた経済成長の促進に踏み切りました。また今回の決定は、人民元が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)構成通貨に採用されるよう改革を進めたという側面もあると思われます。

 8月11日の基準値は1米ドル=6.2298元と、前日の6.1162元から1.9%米ドル高・元安方向に設定されました。これを受けて人民元は取引時間中に対米ドルで一時1ドル=6.33元を超えて下落する場面がみられました。なお中国外貨取引センターが毎朝公表している基準値は、取引開始前に市場参加者から報告される為替レートを基に決められていましたが、8月11日からは算出方法が変更され、為替市場の前日終値などを参考にして決められることになりました。これによって基準値と実勢レートとのかい離縮小が図られます。  

現行制度下でも元安誘導は可能だが、当局は基準値の大幅変更で強い姿勢を示す

 ここで人民元改革の歩みと現行の通貨制度を簡単にまとめておきます。人民元は2005年7月に、事実上の固定相場制から一定の範囲内で変動を許容する管理変動相場制に移行し、その後1日当たりの変動幅を徐々に拡大してきました(図表1)。人民元の通貨制度は、厳密にはクローリング・バンド制に分類されます。クローリング・バンド制とは、中心となる交換レート(中国の場合は基準値)を定期的に変更し、さらに必要に応じて変動幅も定期的に調整する通貨制度です。

 現在、人民元の対米ドルの1日当たり変動幅は基準値の上下2%に制限されていますが、基準値は毎日変更可能です。そのため基準値を少しずつ元安方向に設定することで、市場参加者に当局の意向を伝えることができます。しかしながら今回は、基準値を大幅に変更することによって(図表2)、①景気減速の歯止め、②人民元改革の進展、これらに関する当局の強い姿勢を示したかったのではないかと推測されます。

景気対策は総合的に行われ、周辺国にダメージを与えるほどの元安の進行はなかろう

 通貨政策については次なる一手に注目が集まりますが、中国政府は7月に貿易促進策の一環として人民元の変動幅を一段と拡大する方針をすでに表明しており、市場参加者の間では人民元の対米ドルの変動幅は基準値の上下3%程度に拡大され、緩やかな元安傾向が続くとの見方が強まっています。なお基準値の変更を受けた8月11日の市場では、日本やアジア諸国で株安や通貨安の動きが目立ちました。元安が進行して周辺国の輸出が圧迫されるとの見方や、それほどまでに中国景気は悪いとの見方が背景にあると思われます。

 そのためこの先しばらくは、新たな基準値の水準や元安のペースに金融市場が神経質に反応する展開も予想されますが、時間の経過とともに各市場は落ち着きを取り戻すとみています。基本的に中国当局は国内景気をにらんで、通貨、金融、財政の各政策を総合的に行っていることから、通貨政策だけが強化され、周辺国経済にダメージを与えるほどのペースで元安が進行する可能性は低いと思われます。通貨政策を含めた当局の全体的な景気対策が奏功すれば、中国リスクは一段と抑制されるため、長期的にみれば商品相場や資源国、日本、アジア諸国の経済にとって好材料となります。

150812 図表1 150812 図表2     

 (2015年8月12日)

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