超金融緩和の時代~「最強のアメリカ」復活と経済悲観主義の終わり~

2013/05/30

【ストラテジーブレティン(100号)】

6月1日『 超金融緩和の時代 「最強のアメリカ」復活と経済悲観主義の終わり 』(日本実業出版社)という著作を刊行します。以下に『はじめに』と『おわりに』を掲載し、趣旨を紹介いたします。

はじめに
リーマンマンショックから4年が経過し、リーマンショックとは何であったのか、を検証する事実が揃ってきた。そして、事実をつなぎ合わせると、過去4年間を支配した経済常識が、根底から間違っていたことに気づかされる。

人々は、2007年から2009年へと続いた世界金融危機(サブプライムローン危機からリーマンショックに至る過程)、つまり「株価と債券価格が1年半にわたって1930年代の大恐慌に匹敵する大暴落を続けた事態」とは、経済体制の破たんであり、暗い将来の入口と考えていたに違いない。特に日本人にその確信が強かった。

1990年のバブル崩壊以降の日本経済の低迷、落伍を経験した立場から見れば、リーマンショックによって米国も同じ軌道に入ったとの連想が働いたのは当然である。日本のアカデミズムとジャーナリズム、経済論壇は、つい昨日まで、悲観論と宿命論によって席巻され、国民は諦観論を植え付けられてきた。その要諦は、「バブル崩壊と金融危機は過去の間違った繁栄、投機、経済行動の当然の報いである」であり、「これからはそのつけを払う暗い将来がやってくる」ために、「経済政策で悪あがきをしても無駄であり、暗い現実を受け入れるべきである」という議論である。どのような高尚な議論も、全て平たく言ってしまうとこのようなものであった。

しかし、現実はそうはならなかった。悲観主義にもとづく「宿命論」「諦観論」は米国経済の着実な回復、「最強のアメリカ」が復活することによって、根底から否定されつつある。米国経済は、1990年以降の日本のようなデフレや経済成長麻痺には陥らずに、本格成長軌道に復帰し、株価は史上最高値の更新を始めている。

なぜ米国は日本の「失われた20年」という長期停滞の道を回避できたのであろうか。その最大の理由は政策が適切であったということである。バーナンキFRB議長に率いられる米国の量的金融緩和政策(QE)は、崩壊の危機の淵にあった金融市場を立て直し、瀕死の状態にあったリスクテイク心、アニマルスピリットを復元させ、経済を正常な軌道に引き戻した。

この量的金融緩和の特徴は、バランスシートを一気に3倍に膨らませ、暴落状態にあった証券価格を押し上げた事にある。中央銀行が市場において中立的立場を捨て、断固たる買い手として登場し、暴落した資産価格を買い上げることを通じて、信用秩序を回復させた。その結果、大恐慌以上に上昇したリスクプレミアムは元に戻り、一年半で6割と大恐慌並みの暴落をした株価はその後2年間で2倍とショック前の水準に戻ったのである。

輪転機の高速回転による紙幣増刷で証券価格を押し上げるというのは、 究極の錬金術ではないかとの批判が渦巻いていた。しかしそれが無ければ経済は大恐慌に転落していたことは、確実である。したがって、中央銀行のこれまでの範疇を越えた禁じ手は、米国経済を回復軌道に乗せるうえで、絶対に必要なことであった。

とは言え、闇雲な超金融緩和が全てうまくいくわけではない。「そんなうまい話があるはずはない」という素朴な疑問は説得力がある。「超金融緩和で人々の期待が変わればすべてうまくいく」ということは、「麻薬を飲んで極楽の幻想に浸るようなもの」であり、「厳しい現実が変わるわけはない」という素朴な批判に耐えられないもの ・・・ なのだろうか。

超金融緩和による市場介入も、実態が伴わなかったら、その介入は失敗したはずである。中央銀行が債券市場に介入し、リスクプレミアムを一時的に押し下げたとしても、不況が深刻化し倒産が相次いだら、リスクプレミアムは急上昇し債券は紙くずとなり、中央銀行は不良債権を抱えることになる。

結局、バーナンキFRB議長のオペレーションが成功したのは、実態以上にマーケットが狂っていたからである。社債市場では空前の大倒産を、株式市場では利益の消滅を織り込んでいた。しかし経済の実態はまったく腐っていなかったので、バーナンキFRB議長の英断は成功したのである。成功は、「実はマーケットが考えているほど実体経済は悪くない」ということに対する、バーナンキFRB議長の深い洞察があったからだと言える。

それではなぜ経済は腐っていないのに、ハブルが発生し、それが崩壊して大暴落し、世界的金融危機が起きたのだろうか。通説と異なり、リーマンショックの原因は重層的である。直接的な原因は市場の崩壊・ミススプライシングの発生であったが、それの更なる原因は住宅バブルの生成とそれを支えたモラルのない金融であった。しかしそのさらに底流にはより重要な根本原因、すなわち「2000年ITバブル崩壊以降のヒト余り(失業の増加)、金余り(空前の金利低下)」があった。本編で詳述するが、ITバブル崩壊は大規模な労働と資本の余剰を発生させたが、それは2007年までは、住宅バブルに吸収され、更に経済を成長させた。しかし、住宅バブル崩壊で住宅部門に一時的に吸収されていた余剰労働力、余剰資本が再度顕在化した、と言う事実がある。つまりリーマンショックの根源には、資本と労働の余りにあったのである。

それらのヒトあまり、金余りをもたらしたものは、IT革命とグローバリゼーションによる「空前の生産性の上昇」である。それまでよりも短時間で、より多くのものをつくりだせるようになったのだから、それだけ省力化でき、製造コストも下がる。つまり、企業利益が増大する一方で「人手と資金が余る」ことになる。

資本主義のみならず人類の歴史においては、生産性の向上こそが経済を発展させる原動力であった。だとすれば、バブルの生成と崩壊は、生産性が高まっていることの傍証とも言え、経済がさらに発展していくうえでの一里塚とも考えられるのである。

つまりバーナンキFRB議長による超金融緩和が成功したのは、生産性上昇により労働と資本の余剰が著しく高まっているという現実があったからである。このような環境では「闇雲な超金融緩和は成功しない」という素朴な一般論は当てはまらないことがわかる。ここに黒田日銀総裁が主導した新次元の超金融緩和が妥当であり、成功するという根拠もある。

リーマンショックが引き金を引いた新時代の輪郭がおぼろげながら見えてきた。それは「最強のアメリカ」が復活することによる新たな世界経済の発展である。バーナンキ議長による米国の量的金融緩和は、余っている人と金を活用して新たな需要を創造し、経済の長期成長軌道を敷設することに成功するだろう。

昨日までのまるで疑う余地のない歴史トレンドであると見られていた「先進国の時代の終わり、BRICSへ」、は、今や過去の話となりつつある。それは、2000年のITバブル崩壊、2007年のサブプライムショック、2008年のリーマンショックと続いた米国経済危機の時代の、幕間劇にすぎなかった。中国の台頭の背景にあるさまざまな異常さ、持続性の困難さは説明するまでもないが、ロシア、ブラジルの隆盛も中国の爆食経済の反映、という面が強かった。中国経済の衰弱とともに起こりつつある資源価格の下落により、経済プレゼンスの低下は避けられない。これからの世界経済の成長でクローズアップされる新興国はBRICsのような世界秩序を主張する大国ではなく、西欧民主主義のグローバル秩序と親和性のある、ASEANなど中小国新興国であろう。

それではBRICsに代わる世界経済の新規需要センターはどこになるだろうか。それは米国など先進国の新たな生活の質の向上に尽きるだろう。先進国は有り余るヒトとカネを活用して一段と豊かな生活水準を楽しむ時代に入っていく。その牽引国は米国、次いで日本、ドイツとなる事を予想しておきたい。

おわりに

私の職業はアナリスト、ストラテジストと称する調査マンであり、現在、過去を分析し、将来を的確に予測することがその職責である。法則、理論の形成に専念する学者や、一般人に情勢を説明する評論家、ジャーナリストとは役割が異なる。学者や評論家、ジャーナリストの予測の的中率が低くても、専門外のことであるゆえに多めに見てもらえるのかもしれないが、私の場合にはそのような甘えが許されないのは当然である。

調査と仮説に基づくことで、将来の予測は驚くほど的中率を高めることができる。1990年代の日本バブル崩壊と経済困難、1990年代の米国経済の復活、2000年のITバブル崩壊については、はるか前から予測することができ(著しい少数意見ではあったが)、著作やレポートで発信してきた。本書で体系的に考察した今回のリーマンショックからの鋭角回復と「最強のアメリカ」の復活への潮流についても、その輪郭は4年前から見えていた。調査と仮説のたまものである。

それでは筆者が最も大切にしている仮説は何かと言えば、それは因果応報である。僥倖も不遇も永遠には続かない。中身のない成功は綻び、中身のある失敗は報われる。中身が伴っていない成功がどこにあり、中身があるのに報われていないケースがどこにあるのかを探すこと、が筆者の役割である。中身と成果のバランスを診るには、経済の2大投入要素である労働の提供者および資本の提供者がそれぞれに、「成果にふさわしい対価を得ているかどうか」で観測できる。成果にふさわしい対価を得ていないとすれば、それは不当でありいずれ是正される。

それを調べるのに最も注目するべきデータは何かと問われれば「単位労働コスト(労働賃金/生産性)」と「リスクプレミアム」と答える。まず労働者が貢献にふさわしい処遇を得ているか、は労働の成果が適切に賃金に反映されているかにほかならず、それは「単位労働コスト」によって観察出来る。

一方、資本の提供者が資本のリターンにふさわしい処遇を得ているか、を診る上での最適な指標は、「株式リスクプレミアム」である。「リスクプレミアム」が高いということは、企業に投下された資本が十分な収益を上げているのに、株価に体現される株主の価値が低く、株主に資本の高リターンがきちんと配達されていないことを示す。そして株価が割安であり、上昇の大きな余地を持っていることを意味する。

「最強のアメリカ」が復活することもデータとしては、単位労働コストと株式リスクプレミアムに「大きく是正される余地がある」ことで証明できる。

さて単位労働コストと株式リスクプレミアムにおいて最も大きく是正される余地があるのは日本である。ゆえに日本経済の顕著な復活が予見される。欧州ではドイツがそうである。ここから数年は米独、そして日本の復活が大きなトレンドとなるだろう。

(日本実業出版社書籍紹介ページ)
http://www.njg.co.jp/kensaku_shousai.php?isbn=ISBN978-4-534-05080-9

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