株式市場を巡る理論対立
~米国で進む新しい資本主義の姿~
【ストラテジーブレティン(294号)】
「新しい資本主義」の時代
岸田首相が「新しい資本主義の構築」を政権のスローガンに掲げて以来、「新しい資本主義」が経済論議の流行となっている。まさに「新しい資本主義」が勃興しつつあり、その先陣を巡って各国、各産業、各企業の競争が展開されている。 DX/GX革命も、働き方と人々のライフスタイルの変化も、金融・株式市場も経済政策も、企業政策・企業体制の在り方も、M&Aなどの合従連衡も、すべては「新しい資本主義のコンセプト」なしには理解できず、成果は得られない。武者リサーチは、今、資本主義は新たな発展段階へと進化しつつあると考える。19世紀型の労働の搾取と階級対立、20世紀型の経営と所有の分離、機関投資家が求められる受託者責任を経て、今、家計が労働者と所有者(株主)の双方の機能を兼ね備え、ネットがあらゆる経済資源の最適マッチングを果たすという、新たな新時代に入ろうとしている。その全貌、最終的な行き着く先は混とんとしているが、米国では資本主義進化の火ぶたは明らかに切られている。日本はそのダイナミズムに大きく後れを取っている。今後様々な問題を「新しい資本主義」というコンセプトから解明していきたい。その端緒として、本日の日経新聞掲載の記事に対するコメントから始めたい。
岩井氏による「過度な株主重視による資本市場の機能不全」は正しいか
日経新聞が本日から始めた「新しい資本主義を問う」シリーズの第一弾として、岩井克人
(国際基督教大学特別招聘教授)が登場し、過度な株主重視による資本市場の機能不全が問題だ、と指摘している。「日本企業はバブル崩壊以降、売上高、給与、設備投資が横ばいで推移してきたのに、配当金だけは4倍にも増えた、さらに自社株買いによって株主還元に拍車がかかった。株式市場は企業に成長資金を供給するのが本来の目的だが、実際は企業から株主に資金が流出している。株主の3割は海外投資家で、市場が国富を収奪する場になっている。今、海外投資家の間で日本は最も買収しやすいカモとみなされている。」
岩井氏は日経「新しい資本主義を問う」シリーズのトップの登場であるから、日経新聞は岩井氏を日本における資本主義研究の第一人者とみなし、氏の見解が学会のスタンダードな見方を代表していると考えているのであろう。
しかし、武者リサーチは、この見解は事実認識において先進国金融の現実からだいぶ離れていると考える。まず株主還元を日米で比較してみよう。日本の株主還元を東証上場企業でみると、配当15.6兆円(配当性向32%、配当率2.06%)、自社株買い年間8兆円として、株主還元合計は約24兆円、予想利益47兆円のほぼ半分が還元されていると計算される。これに対して米国企業(金融を除く)の場合、過去6年間の株主還元を計算すると、2015年から2020年の6年間の利益合計6.17兆ドル、これに対して配当金3.63兆ドル、自社株買い2.51兆ドル、両者合わせた株主還元は6.14兆ドルと利益総額にほぼ等しい。米国では企業は利益を丸ごと株主に還元することが、常態化しているのである。米国の株式市場は日本以上に企業からの資金流出の場となっている。
米国で進化する資本主義、株式市場が資金調達の場から所得還元の場に変わった
では、米国では投資がおろそかであったかと言うとそうではなく、この6年間に利益の1.9倍に相当する11.78兆ドルが投資に振り向けられ、減価償却9.18兆ドルとの差額2.6兆ドル
は、社債発行中心の債務増加3.0兆ドルによって賄われてきた。企業の財務構成(例えば自己資本比率)は低下してきたのである。
この株価本位(or株主重視)の企業の財務行動は、米国株高のほぼ唯一のエンジンであった。リーマンショック以降11年間に米国の株価(SP500指数)は6倍強に上昇したが、この間の投