何故デフレ脱却が最大の構造政策なのか
~ 日本は対中依存から内需に舵を切れ ~
【ストラテジーブレティン(81号)】
●日本は中国など海外依存を脱し、自力で需要創造を図るべき、日本には遊んでいる労働力、資本があるので需要創造の余力は大きい。
● 内需創造にはデフレ脱却が決定的に重要である。遊んでいる人と金を潜在需要がある分野に配分する事が構造政策、その最大の手段はインフレである。デフレ陥落により日本では資源再配分が停止し、人と金の遊びが生まれた。
● ハイテクセクター等での生産性上昇の成果(=利益)を潜在需要があるサービス部門に移転し、そこで雇用を作ることが必要。そのためにはサービス価格インフレが必要。サービス価格インフレが続く米国ではそれが実現し、雇用と内需が創造された。サービス価格デフレの日本では内需産業に所得が再配分されず、雇用と需要が生まれなかった。
● デフレはまた究極の貨幣偏愛をもたらし、金融市場がリスクキャピタル提供の場として機能することを阻害した。
● デフレの最大の原因は円高である。世界の労働市場は一物一価、同一労働同一賃金の原則が貫徹しつつある。生産性を上げぬままに賃金を引き上げても、それはインフレ→通貨安となって逆襲される、つまり世界賃金に回帰する。同様に生産性を上げぬままに通貨高になっても、国内賃金下落を引き起こし世界賃金に収斂する。執拗な円高は国内賃金下落圧力を定着させ、日本に世界唯一のデフレをもたらしたと言える。
● 円高阻止、デフレ脱却のための創造的、壮大な金融緩和が求められる。
(1)喫緊の内需喚起
反日デモで思い知らされた内需喚起
IMF・世銀総会はグローバルリセッションの危険、という問題提起をした。世界の困難は供給力が増大した一方、深刻な需要不足に直面しているところにある。財政再建も重要だが各国は各々の国内需要の喚起を、と呼び掛けた。それは日本にとって特に重要である。第一に、日本は内需創造の余力が大きい。世界唯一のデフレ国、それは資源(設備、資本、労働)に供給力過剰があるということ、つまり未稼働の資源を活用すれば需要が創造でき、経済成長の余力があるということである。第二に、日本は内需による需要創造で世界に貢献できるし、すべきである。世界各国は需要不足に直面し、外需依存を強める傾向にある。通貨安誘導やダンピング(コスト以下での輸出)などでそれを行えば、それは近隣にデフレを輸出する政策であり、貿易戦争を招き世界を不安に陥れる。大恐慌と世界政治対立の悪夢を連想させる。いま中国が空前の過剰供給力を創出、世界にデフレ圧力を輸出し始めている。日本は今こそ、他力によらず自力で経済を浮揚するべきであろう。
中国の反日デモ、騒擾により中国を要とするグローバリゼーションの限界とリスクが表面化した。考えてみれば日本は2000年以降、外需によって経済危機から脱却、対中輸出増加はその牽引者であった。図表1に見るように加工拠点として日本の対中輸出が急上昇、他方中国の対日輸出比率は急低下した。今回の対日批判の際に「日中対立が経済に及んだ場合、日本の方が受ける被害が大きい」と中国側がうそぶく根拠はここにある。中国の政治リスク(対日批判、国内の政治社会不安など)の解消が期待できない以上、一層、内需振興、脱中国依存を進める必要がある。
日本の生活水準は驚くほど低く、向上の余地大
グローバリゼーションにおける先進国の役割は、新たな需要・生活スタイルの開発、生活水準の進化・高度化、を計ることにある。しかし、先進国中、日本の生活水準はかなり低い。もはや豊かになることではなく分かち合うことを考えるべき、などという反成長論が花盛りだが、それは井の中の蛙の議論であろう。たとえば民主党の枝野経済産業大臣の主張などはその典型であろう。氏は近著で「明治以来の日本が歩んできた近代化のプロセスはもはや限界である。財政危機を、格差拡大を、原発事故を見よ。いま『成長幻想』を捨て『負の分配』を覚悟し、『脱近代化』社会を作っていかなければならない」(10月14日朝日新聞による紹介)と主張している。
日本人の生活水準の向上に必須の、国民生活に必要なサービスセクターが何故儲からないのか、何故雇用を増やせないのかが問われなければならない。
(2)デフレ脱却は最大の構造政策=内需喚起策
白川氏の根本的誤
構造改革が重要、金融政策や需要喚起など循環政策では日本の成長率は高まらないとする意見は大きな誤りであろう。日銀白川総裁は次のように述べている。「経済の新陳代謝を受け入れる価値観と、新たな需要に対応していくための規制や制度の思い切った改革、・・・中央銀行が金融緩和で痛みを和らげている間に、真正面から問題に向き合う必要がある」「高齢化に伴って潜在需要が伸びている分野では高い価格を支払ってもよいという消費者がいます。一方、既存の商品では果てしないコスト・価格の引き下げ競争が起きています。限られたパイの中で戦いを続ける『レッドオーシャン』を小さくし新たな市場である『ブルーオーシャン』を増やしていくことがデフレ脱却のプロセスです」(2012年5月13日「朝日新聞」) つまり、デフレ脱却と成長率の引き上げには、成長セクター(潜在需要があるセクター)への資源配分が必要だが、それは構造政策であり、金融政策の役割ではない、と言っているのである。
所得再配分の経路は生産性格差インフレである
鍵は国内の成長セクター(=需要・雇用拡大が見込めるセクター)に如何に資源配分するか(=儲けさせ資本を集めるか)にあるが、デフレが最適資源配分の最大の障害になってきた。所得を再配分するためにはインフレが決定的に重要である。
それは日本の高度成長期の歴史を振り返ればはっきり分かる。技術革新と生産性向上によって国民生活は急速に向上し、都市と農村間、製造業とサービス業間の所得格差が縮小したが、それは製造業等の高生産性セクターが稼いだ所得が、サービス価格インフレ、農産物価格インフレとなってサービス産業や農業に移転することによって可能となった。いわゆる「生産性上昇率格差インフレ」である。
このサービス価格インフレが停止した結果、日本では所得の再配分が停止し、サービス業の成長と雇用が止まった。図表3は日・米・独・英の製造業と非製造業の雇用推移だが、日本だけが非製造業の雇用停滞に陥っている事が分かる。そしてその原因はサービス価格のデフレにある。図表5に見る項目別物価の各国比較を見ると、製造業製品価格は各国共通で低下傾向なのに、サービス価格は日本だけが低下、他は上昇と著しい相違があることが分かる。そして図表4によって賃金推移を見ると日本だけ賃金が下落しており、特に非製造業の下落が大きいことが明瞭である。つまり日本における『サービス価格デフレ→サービス産業の収益悪化・賃金下落・雇用悪化』が明瞭である。。
図表6に1995年以降の米国のセクター別雇用数推移を示す。過去15年間米国では、労働生産性(物的生産性)が大きく上昇し所得創造=経済成長をけん引した製造業、情報産業で雇用が大きく減少した一方、労働生産性(物的生産性)が余り上昇したとは思われない 教育医療、娯楽、サービス等の産業群で雇用が大きく増加した。所得が製造業・情報産業からサービス産業に向けて移転し、サービス産業では雇用増加を可能にする所得が確保され続けたのである。その所得移転の主たる経路は、サービス価格インフレであった。
デフレはまた究極の貨幣偏愛をもたらし、金融市場がリスクキャピタル提供の場として機能することを阻害した。20年間のデフレと株価、地価など資産価格の下落により、cash is king メンタリティーが定着した。その結果極端なリスク回避がおき、リスク資産に全く資金が配分されなくなっている。株式益回りは8%と社債利回り1%の8倍もあるのに、資本が向かわない。いわば資本は現金として死蔵され、金利裁定は停止した。
(3)円高がデフレを生み、サービス産業を痛撃した
世界の労働は一物一価
デフレの最大の原因は円高である。世界の労働市場は一物一価、同一労働同一賃金の原則が貫徹しつつある。生産性を上げぬままに賃金を引き上げても、それはインフレ→通貨安となって逆襲される、つまり世界賃金に回帰する。同様に生産性を上げぬままに通貨高になっても、国内賃金下落を引き起こし世界賃金に収斂する。執拗な円高は国内賃金下落圧力を定着させ、日本に世界唯一のデフレをもたらしたと言える。
それは図表7に見る各国の労働賃金と単位労働コストの推移から明らかであろう。日本の労働生産性のトレンドは主要国中最優良である。にもかかわらず賃金は下落している。その結果各国通貨ベースの単位労働コストは日本だけが著しく低下している。しかしながら単位労働コストをドルベースで比較すると日本のトレンドは他国並みとなる。つまり著しい円高が日本の賃金を抑制してきたのである。
よって円高阻止、円安転換は日本の賃金に上昇圧力を与える。デフレ脱却のための創造的、壮大な金融緩和が求められる。
日本は世界で最も需要創造余力がある国ともいえる。金融不良債権、銀行の資本不足と言った欧米共通の成長制約要因は存在しない。加えて極端に割安化した資産価格は、資産価格是正による大幅なキャピタルゲインの可能性を残している。0.9倍のPBRが世界平均の1.7倍に上昇するだけで、株価はほぼ倍増、株式時価総額は200兆円以上増加する。それは日本の金融市場でのリスクテイクと金利裁定を復活させ、デフレ脱却を可能にするだろう。今こそ円安と株高、不動産などの資産投資促進に照準を当てた金融政策が求められる。日本は需要創造により世界貢献を目指すべきである。