「アラーキー」の愛称で知られる写真家の荒木経惟は、カメラマンと写真家の違いについてこう述べている。

「ひとから頼まれて撮るのがカメラマン、自分の撮りたいものを撮るのが写真家。」

 

僕は自分で書きたいと思ったことだけをストラテジーレポートに書いてきた。しかし、そこは商売でやっているので、時折、依頼を受けて書くこともある。今回がまさにそれだ。

米国大統領選が日本株に与える影響について - 自分でレポートの内容を決めるのなら、まず書こうとしないテーマである。理由は、今の段階で書けることなど、たかがしれているからである。ありきたりの内容になる。巷に出回っている(か、どうかは知らないが)数多のレポートと大差ないだろう。読んだところで、「ふーん、そりゃそうだよね」で終わってしまう内容だ。なので、書く前から気乗りがしない。ますます、つまらないレポートになること、請け合いだ。読むほうも、それなりの覚悟を持って、読んでほしい。

実際のところ、どちらの候補が大統領になっても、彼らが掲げている政策が実現するかは議会との関係による。当たり前だが、法案を決めるのは議会なので「ねじれ」が生じたりすれば、通るものも通らなくなる。しかし、ここで大統領と上院下院の組み合わせまでを考慮して議論するのはあまりにも非生産的 - 若者風に言えばタイパ(タイムパフォーマンス)が悪いので、それぞれの候補が勝った場合にはそれぞれの候補が掲げる政策が実行されるとの仮定で話を進めることにする。

トランプVSハリス 勝者トランプの場合

まずトランプのほうからいくと、いちばん分かりやすいのは防衛関連だろう。トランプ氏が大統領選挙に当選すれば、日本に対して防衛費のGDP比率を2%超の水準にさらに積み増すことや、在日米軍駐留経費の日本側負担の増額を求める可能性が高い。

トランプ氏を抜きにしても、日本周辺の安全保障環境は緊迫の度合いが高まっている。中国は軍備増強を急ぎ台湾有事の現実味が増している。折しも中国軍をめぐっては、8月26日に情報収集機が長崎県沖上空で日本の領空に侵入したのに続いて8月31日、測量艦1隻が鹿児島県沖の日本の領海内に侵入した。防衛意識の高まりから関連銘柄が物色を集めるだろう。三菱重工(7011)、川崎重工(7012)、三菱電機(6503)などが関連銘柄として挙げられる。

つぎにトランプ氏が掲げる政策は関税である。トランプ氏は全ての中国製品に対し60%超、中国以外の国からの輸入品にも10%の追加関税を課す考えを示している。これが実現すると、ストレートに考えれば中国経済にとって大打撃であり、中国が最大の輸出相手国である日本(*注)もマイナスの影響を免れない。中国関連銘柄は売り、ということになるだろう。

*注)日本の貿易統計(2023年)による輸出に占めるシェアは近年、対中国向けがずっと最大であったが2023年はアメリカが最大の輸出相手国となっている。

中国に対する規制でいえば、半導体の輸出規制が重要だ。SEAJ(日本半導体製造装置協会)が5日発表した世界の半導体製造装置の販売統計によると、中国市場向けの占める割合が2024年1~6月に5割弱と急増した。その背景にあるのが、米国による対中輸出規制だ。米国による対中輸出規制の強化への思惑から、中国企業が装置を買いだめする動きが広がっている。今はいいが、買いだめの反動がどこかで来る。日本の半導体製造装置メーカーの業績もぶれやすくなるだろう。

米国による関税や輸出規制の強化などで、世界の貿易は縮小するだろう。すでに言われてきたことだが、世界が享受してきたグローバリゼーションの転換点について、トランプ氏再選は、改めてそのことを市場が意識するきっかけになるだろう。これがもたらすのはコスト増によるインフレの高止まりとサプライチェーンの再構築だ。

後者についていえば、経済安全保障の観点から重要物資の国内生産拠点の充実などにつながるため、日本企業にとってチャンスでもある。例えば半導体。メモリーやロジックの素子を組み合わせる「チップレット」と呼ばれる新技術がある。単体で微細化を追求するよりも、複数を組み合わせて、あたかも一つのチップのように機能させる。量産するための技術や素材、その製造装置メーカーが世界で最も集積しているのが日本である。

日本の電子部品や半導体の素材・部材メーカーに商機があると思われる。

もうひとつトランプ氏でわかりやすいのが環境規制の緩和。トランプ氏はパリ協定からの離脱や、燃費規制の緩和を掲げている。EV普及にも後ろ向きな点は日本の自動車産業には追い風だろう。EV減速はハイブリッド車などを得意とする日本企業にとって有利に働く。この兆候はすでに見られている。

わかりやすい、といったが、わからない点もある。それはトランプ氏とイーロン・マスク氏の距離の近さである。これがどう作用するのか、さっぱりわからない。トランプ×マスクで「わからなさ」は増幅されている。

トランプ氏の環境規制の緩和はラストベルトの労働者のためのものだ。「ドリル、ベイビー、ドリル(掘って、掘って、掘りまくれ)!」トランプ氏は、雇用を生み出すためだとして、アメリカの石油・天然ガス産業を後押しすると主張する。トランプ氏が勝てば米国のエネルギー産業が復活するだろう。しかし、あいにく、これは日本企業に恩恵がない。考えられるのは日本の商社のエネルギービジネスへの影響くらいか。ただ、採掘した石油やガスのパイプラインには日本企業も絡めるだろう。例えば神戸製鋼所(5406)は、鋼管やパイプライン部材を製造しており、これらは石油やガスの輸送用パイプラインに使用される。また、住友金属鉱山(5713)もエネルギーセクター向けに製品供給している。この他にも、鉄鋼や精密機械の分野で米国のエネルギー関連プロジェクトに部材を納入する企業はあるだろう。

トランプVSハリス 勝者ハリスの場合

ハリス氏が勝った場合は、この環境の話は正反対になる。ハリス氏はバイデン政権と同様に、気候変動対策や再生可能エネルギーの推進に積極的。これは、日本の再生可能エネルギー分野に関連する企業にとってプラス材料だ。特に、水素発電や火力発電所からのCO2回収・貯蔵などでビジネスチャンスがある。

電力部門ではテキサス州での再生エネルギー事業への参入が相次いでいる。電源開発(9513)、東京ガス(9531)などだ。関西電力(9503)も、最大級の陸上風力発電所のアビエータ陸上風力発電事業に出資、商業運転を開始している。太陽電池の素材分野では、日本板硝子(5202)が、太陽電池パネル用のガラスの生産能力増強を目的としてオハイオ州に新工場を建設し、すでに稼働している。自動車分野では、トヨタ自動車(7203)が、2020年12月から燃料自動車MIRAIの次世代モデルの全米での販売を開始している。岩谷産業(8088)は、カリフォルニア州で水素ステーションを運営しているが、さらに水素ステーションの7カ所増設を発表し、トヨタがこの増設計画を支援する。

さて今度はハリス氏の経済政策を見ていこう。具体的なものは1)価格抑制策、2)住宅政策、3)児童・低所得層税控除、4)医療費支援の4つである。このうち、「ハリスノミクス」の目玉とした一つが価格抑制策だ。食品の過度な値上げを禁止する法律をつくると表明した。インフレに伴う食品大手の値上げをけん制する狙いだ。

これは米国で事業展開する日本の食品メーカーにとって痛手になるだろう。例えば日清食品HD(2897)は米国での価格改定で増収となり好業績を達成しているが、今後は不透明になる。

ハリス氏は住宅政策にも力を入れる。大統領の任期の4年間で300万戸の住宅建設を目指すとした。建設会社への税優遇を通じて若い世帯が最初に購入する安価な「スターター住宅」の建設を支援する。加えて、初めて持ち家を購入する人に、頭金2万5千ドルを支給する。これによって米国の住宅市場が活況となれば、塩ビ管の恩恵を受ける信越化学(4063)などが有望となる。

シンプルに住宅メーカーでは住友林業(1911)と大和ハウス(1925)。住友林業は2003年から米国での戸建て事業をおこなっており、大和ハウスは1980年代に一度撤退したが2011年に再進出した。両社とも米国で広く普及している「2×4(ツーバイフォー)工法」の木造住宅で事業を拡大している。そこに積水ハウス(1928)も加わる。2024年4月に米大手ハウスビルダーのM.D.C.ホールディングスを約49億ドルで買収、日本勢では先行する住友林業を抜いて米国5位に躍り出る。

どちらが勝っても米国の財政は悪化

ただ、頭金の補助が住宅需要を高め、さらなる住宅価格の上昇を招きかねない。住宅購入はほかの家具や家電などの購入も促し、消費が拡大する。インフレの抑制を掲げながら、矛盾する政策である。

インフレはトランプ氏・ハリス氏どちらが大統領になっても懸念されることだ。トランプ氏の過激な通商政策は関税増に限らず、輸入コスト全般を高めるし、減税も消費を刺激してインフレの要因になる。また、どちらの候補が勝っても米国の財政赤字は悪化しそうで、それは長期金利の上昇要因になる。インフレと金利上昇でドル高になるか?あるいは財政悪化とインフレで通貨の信任が低下しドル安になるシナリオもじゅうぶんある。

いずれにせよ、マクロの不確実性が高く、大統領選が終結しても、この点(不確実性の高さ=リスクの高さ)からしばらく、金融市場、特に為替の動向は不安定な相場が続くと見ておいたほうがいいだろう。