ビジネスリーダーからみた東アジアの緊張と対話
・日経主催の国際交流会議「アジアの未来」で話を聴いた。特に関心を持った「次世代ビジネスリーダーが語るアジアの未来」というセッションを中心に印象をまとめた。
・ベトナムのベンチャーキャピタルであるIDGベンチャーズ・ベトナムの代表であるホアン氏(グエン・バオ・ホアン)は、若い企業家を育てたいと意気込む。ホアン氏はベトナム戦争の頃に米国に渡った父の元で、2歳から米国で育った。ハーバード大学で古典文学を学んだ後、ノースウェスタン大学で医学博士を、ケロッグマネジメントスクールでMBAをとった。他の3人の兄弟もみな医者であるという。13年前にベトナムに戻って、ベトナムの産業、企業の勃興に力を入れている。
・彼はベトナムにマクドナルドを持ち込んだ。なぜか。マックの従業員に対するサービス教育が人を育てると踏んだからである。彼は現在40歳、まだ若いといわれそうだが、ベトナムではそうではない。7300万人の人口の半分が20歳以下であり、40歳より若い世代が全体の7割を占める。80~90年代に生れた人々が、ゴールデンエイジを迎えている。若さはあるが、彼らには経験や知識が欠けている。ベトナムは人が資源である。90年には貧困率75%、一人当たりGDP100ドルであったものが、今では同7%、1500ドルになった。中所得層の罠に陥らないように、教育に力を入れ、技術を磨く必要がある。
・ベトナムの政治体制は、中国をモデルにしており、一党独裁である。民主主義のフレーバーが入ってきているが、法の支配にはまだ懸念がある、とホアン氏はいう。法律があってもその適用となると課題はある。確かにビジネスにオープンであり、投資に対して支援もある。一党独裁であるがチェック&バランスが働いており、対話の余地も大きい。しかし、深い理解が必要であり、グレーゾーンに注意すべきであるという。
・中国の企業は、ものまねフォロアーであるといわれるが、中国は今変化している。国内に大市場を持つ中で、第2世代の企業家は新しいことをやろうとしている。中国は、変わろうとしている。それに対して、ベトナムは15年前の中国であると、ホアン氏は指摘する。それでもハングリーさの中で、マーケットの革新が起きていると強調する。課題はベトナム人の全員が、海外へ留学したいと思っていることにある。学生を輸出しているともいえる。なぜか。自国での教育体制が不十分である。輸入の学問では、本当の教育はできない。自国で高い教育を受けられるように、投資する必要がある。これがまだ不十分であるという。
・台湾のシンキンポグループ(新金寶集團、New Kinpo Group)のシェンCEO(サイモン・シェン)は47歳、キンポグループの創業者であるショー会長の傘下に属する。キンポグループは台湾を代表するODM(委託者ブランド生産)、EMS(エレキ受託生産)の企業である。22カ国に72工場、従業員12.4万人を有する。シンキンポはHDD(ハードディスクドライブ)の部品で世界№1である。シェン氏は台湾の大学を出た後、米国のビジネススクールとロースクールに学び、MBAと弁護士(カリフォルニア州)の資格を有する。
・台湾について、シェン氏は、台湾人は日本の文化を理解しており、中国でビジネスをする時、日本企業のよきパートナーになれるという。台湾のコストは高いので、これまで中国に投資してきたが、今では中国のみに目を向けているわけではない、2~3年前から東南アジア、メキシコ、ブラジルにもパートナーを作っている。
・台湾は島国で、出生率も1.0を下回っている。最近は安定を求める若者が増えており、チャレンジ精神はかつてほどない。台湾のベンチャー企業をみると、スタートアップが難しくなっていると解説する。
・キンポグループはタイに24年前に進出しており、現在1.3万人が働いている。今回のタイの軍事クーデターは、政治におけるタイウェイであり、しゃっくりのようなものであると指摘する。すぐに落ち着いてくるとみており、ほとんど心配していない。
・タイのCKP(チョーカンチャンパワー)のスパマス社長(スパマス・トリウィサワウェー)は、タイで文学を学んだ後、米国で行政学の博士を取得した。4人の子どもの母で、現在39歳。42年の歴史をもつ建設会社をスピンオフして、電力事業を立ち上げた。建設会社を創業した父の娘ながら、頭角を現し、昨年上場を果たした。今後はタイトップの電力会社なるべくビジョンを描く。天然ガスの発電所、ソーラーパワーにも手を拡げ、ラオス、ミャンマーでも水力発電事業を計画する。
・タイのクーデターについて、スパマス氏は、これは以前に何度もあったことで、ビジネスの継続性に何ら心配ないと楽観する、タイは東西アジア、南北アジアを結ぶハブに位置しており、アジア各国の中でインフラは相対的に整っている。FDI(海外直接投資)へのインセンティブシステムもある。電力事業を始めたのは、リスクが少なく、将来のインフラとして欠かせないと判断したからである。ラオスにはすでに投資を始めているが、ミャンマーについては、現在調査しているところである。ミャンマーはまだ法律の枠組みを作ろうとしているところで、ルールができていない。
・今回のクーデターは、投資家にとってはよい方向に向かうのではないか。スパマス氏は、ビジネスは政治化しないで、常に中立を保って事業を推進していくことを強調していた。また、タイの騒動について台湾のシェン氏は、軍の介入はすでに予測していたことであり、悪いことではない、よい方向に向かうという解釈をしていた。
・ミャンマーについて、ベトナムのホアン氏は、20年前のベトナムの状況に近いという。リスクとリウォードはよく勘案する必要がある。途上国に汚職と賄賂はつきものなので、ここのチェック&バランスが必要である。うっかりすると、汚職に手を染めることになるから注意すべしと指摘する。
・中国の企業、JAT自動車技術の宣会長(宣奇武、シェアン・チウ)は、中国の長春で育ち、清華大学で自動車工学を学んだ後、中国一汽グループに入り研究開発に従事した。その後、九州大学に留学し工学博士を取得、三菱自動車に入社した。合計10年間日本で学んだ後、中国に戻って、車の設計会社を創立した。
・中国の自動車市場はすでに世界一であるが、現在の2200万台が2020年には4000万台まで膨らむと予測する。彼は自主独立の技術で車を作っていくことを目指し、商品開発を支援するエンジニア集団を作った。現在1500人の会社で、そのうち高度なエンジニアは中国人で200人、日韓欧人で100人ほどいるという。
・開発の手法について、まず日本流を持ち込んだが失敗した。次に米国流を応用したが、これも上手くいかなかった。そこで中国流を編み出し、現在は順調である。いずれアジア№1のエンジニアリング会社になることを目指している。
・中国の市場は大きく、チャンスもある。シェアン会長が中国で就職した92年当時は、月給が3000元であったが、今は1万元である。この間発展をとげてきたが、技術に対する考え方、実際のものづくりや環境に関する技術では遅れている。中国の自動車産業は今後10年大発展するので、PM2.5問題も含めてビッグチャンスがあると認識している。
・中国は周辺国と政治的にいろいろもめているが、市場はビッグなので、アジアの人々と仲良くやりたいと強調する。シェアン氏は、中国共産党の一党独裁について、良いところ、悪いところがあるという。民主主義は、国民が中間層として育っている時には機能するが、中国のような格差の大きい国では、民主主義は合わないともいう。富裕層、中間層、底辺層と分けると、日本は1:8:1であるが、中国は1:3:6である。この6の人々をどうするかが難しい問題である。中国共産党の組織をみると、優秀な人が上に上がる仕組みになっている、組織運営に修正能力もあるので、大きな心配はいらないという。
・中国政府のトップは、現局面の打開に向けて何とか上手くやろうとしている。メリット、デメリットを分けて、中国とは付き合う必要がある。米国は、民主主義が一番というが、民主主義がまだ適さない国があるということを理解する必要があると指摘する。大事なことはその国にいいリーダーがいるかどうかであり、今の中国は、その意味で不安はないと説明する。世界は民主主義に進んでいくとしても、各国の事情やタイミングもある。民主主義は選挙で選ばれた代表が参加して運営を行う。参加は重要であるが、そこには対立もある。対立をどうこなしていくか。そこに時間がかかる。ビジネスは社会環境の安定性と継続性を求めるので、将来の発展を見据えて、政治的には折り合っていく必要があるという。
・中国は貧しいところから、豊かなレベルにきた。そうすると、プライドを持つようになる、プライドを持つと、ものまねやコピーはしなくなる。よい方向に向かっているといえる。しかし、中国の中には、まだ貧しい人々も大勢いるので、その人々はかつてと同じように何でもやりかねない。
・中国と周りの国の関係は、確かにごちゃごちゃしている。中国もお兄さん格として、仲良くしようと言わなければならないのは確かである。安定成長の環境を作るには、経済をベースに仲良くすることであり、各国企業とも平和のためにやるべきことがあると、シェアン氏は強調する。
・これに対して、政治家はどのように考えるのか。ミャンマーのソーテイン大臣(大統領府相)は、20年後のミャンマーは民主主義国になるべく進んでいくという。ポピュリズムではなく、選挙がきちんとできるようにする。民主主義は選挙の質によって測ることができる。最も大事なことは、多数派が少数派を守ることをできるかどうかである。その前提として、市民権を守るには、司法が機能するようにしなければならない。まずは新しい教育制度を作り、民主主義を教えていくことである。強い独立した司法を作ってフェアネスを確保することである。信仰の自由を認め、差別しないことである、と強調する。
・マレーシアのマハティール元首相は、東アジアに対して、政治的には中東ほど悪くないし、金融経済では欧州ほど悪くないという。中国は確かに強力になっている。しかし、中国は、米国に対して脅威も感じている。米国は東アジアにおいて、米国が参加できない組織を嫌う。APECのように米国が入ればよしとする。米国は、自国が好まない政府を支持しない。民主的な形で選ばれていても、その手続きを問題にする。そして、相手を威嚇する。威嚇すれば、必ず相手は防衛しようとすると、マハティール氏は強調する。
・戦争は起こりうるので、戦争をせずに和解することを考えるべきであるという。ベトナムと中国は一触即発かもしれないが、両国の人々をあおり立ててはいけない。感情に流されれば、ろくなことにならない。日本が米国と一緒になって、相手を威嚇する立場に立つとするならば、そのような対応は望ましくないと指摘する。戦争は威嚇によって引き起こされ、そのコストは高く、ダメージも大きい。そして、戦争では何も解決しない。共存できる道を探すべきで、歴史から学ぶことが要諦であろう、とマハティール氏は話した。
・確かにどんな場面でも、共通価値の共有を目指し、対話を続けて、互いにリスペクトする志が求められる、と痛感した。対話による共通の価値創造こそ、紛争解決に対する最大の方策であると位置付けて、実践したいものである。