機関投資家は執事役になれるか
・かつて飛行機の客室乗務員はスチュワーデスといわれた。当時は女性の仕事という色彩が濃かった。その後男女平等の呼称として、フライトアテンダントという名称が一般化した。最近は、機関投資家にもこのスチュワードという言葉が関わってくるようになった。
・個人投資家は自分のお金を運用するが、機関投資家は他人のお金を運用する。他人のお金を預かるのだから、そこには絶大な信用と規律が必要である。預ける方は「信じて託す」のだから、預かる方は誠心誠意その顧客のために努力をして、成果を上げてほしい。顧客の利益を最優先し、そこに自らの利益は介在させず、忠実に義務を果たすことが求められる。その忠実義務(フィデューシャリー・デューティ)が、運用の世界では最も大切な倫理(基本精神)である。
・最近それに加えて、“スチュワードシップ”という言葉をよく聞くようになった。「日本版スチュワード・コード」について、アナリスト協会で金融庁の油布志行企業開示課長から話を聴いた。機関投資家のあるべき姿をまとめたもので、誰もが参考にしたい内容である。
・スチュワードとは直訳すれば‘執事’のことである。英国の大きなお屋敷にいる忠実な召使いのトップという感じである。もともとは荘園の管理人で、不在地主のためにしっかり財産管理の仕事をする人であった。現在の投資の世界では、お金を預ける人(マスター:個人や年金)に代わって、資産の運用を行う人(スチュワード:機関投資家)の役割を指す。そのスチュワードの行動規範をまとめたものがスチュワードシップであり、英国版を参考に、今回日本版を作った。
・日本版スチュワードシップ・コードのこころは、「機関投資家が企業との対話を通して企業の中長期成長を促す」というところにある。企業はコーポレートガバナンス(CG)をしっかり確立して、企業価値の向上に邁進する。機関投資家はスチュワードシップ・コード(SSC)を遵守して、受託者責任を果たす。SSCは、その精神(原則)を7カ条にまとめた。
・このSSC、即ち「責任ある機関投資家の諸原則」に賛同するならば、その運用機関は‘賛同表明’を公表する。賛同するからには、その組織が7つの精神に則った活動を行っている必要がある。また、7つの原則・指針に従うならばそれでよいが、もし従えないのであれば、どうしてか従えないかを十分に説明する。この“コンプライorエクスプレイン”を明確に表明する必要がある。
・金融庁は、SSCに準拠すると表明した運用機関の名称を公表する。それをもって、しっかりした運用を行なおうとする機関投資家をサポートするという姿勢である。企業との対話を通して、企業にもいい意味での緊張と協調が生まれる。企業経営がよくなる可能性が高まる。機関投資家も中長期の視点を強く持ってパフォーマンスを追求できるようになる。双方がウィンウィンで、経済の発展に結び付く。アベノミクスの第3の矢の1つに採り上げられた理由もここにある。
・では、その7つの原則とは何か。1つは、まず基本方針を自分で策定し、それを公表することである。簡単なことのようだが誰かの借り物ではなく、自分達の言葉で宣言することが重要だ。2つ目は、利益相反の管理である。委託者との利益相反が生じないように、自らのルールを定めることである。3つ目は、投資対象となる企業の状況を的確に把握することである。企業価値や資本効率を高めていけるかどうかをよく見ていく必要がある。ROEも重要な指標となる。
・4つ目は、企業の課題に対して認識を共有し、問題の改善に努めるということである。企業の課題にどのように関与していくか、その方針を固めておく必要がある。5つ目は、議決権の行使について、明確な方針を持ち、実質的に工夫することである。6つ目は、自らがSSDの責任をどう果たしたいかについて、顧客や受益者に報告することである。7つ目は、機関投資家自身が、SSDに値するだけの実力を養う必要があるということである。
・当り前のことを掲げているように思うかもしれないが、原則とは抽象的でありながら、人びとの行動の根幹を支えるものである。自ら咀嚼して活かすならば、極めて有益な行動を促すものとなろう。
・英国版と違う日本版の特色は何か。1つは、英国の実態を調べ、日本の実態にも馴染み易いように、考え方と表現を手直ししている。例えば、議決権行使について、英国では公表すべしといいながら、実態の公表は5割程度である。そこで公表の仕方には工夫があってよいという内容に捉え直している。もう1つは、7番目の原則を企業に対する要求ではなく、機関投資家自らが研鑚に励むという内容を盛り込んだ。これは日本独自のものである。
・投資家と企業が対話を行うには、投資家の見識も高めていく必要がある。十分な価値創造ができていない企業経営も困るが、レベルの低いファンドマネージャーが目先の利害に囚われたような要求だけをつきつけても困るのである。私たちは、投資家や企業による現状の要求を、求められた(desired)ニーズとしてそのまま捉えるのでなく、あるべき企業やあるべき投資家の視点から、望ましい(desirable)企業価値創造と中長期投資のあり方を見据えていく必要がある。