“俺の”シニアからのチャレンジ

2013/12/02

・2013年11月に日本橋人形町に「俺のフレンチ」がオープンした。立ち食いを基本とするフランス料理店である。私のオフィスのすぐ傍である。10月には表参道(港区)の紀ノ国屋が入っているAOビルに「俺のフレンチ・イタリアン」が開店した。立ち席は並んで待てば入れるが、イス席は予約でいっぱい。人形町の場合はもう予約が取れない状況である。表参道の店は1Fで65坪、1回に150人が入れて、月商5000万円である。

・「俺の(株)」の坂本孝(73歳)社長の話を聴いた。坂本社長はブックオフを創業し、その事業でマイケル・ポーター賞や、13のベンチャー企業表彰を受けた。現在の事業は、13戦目であるという。これまでは2勝10敗。失敗を反省して、何とか成功に導くという道を歩んできた。

・ビジネスモデルは、ミシュランで星がとれるクラスの料理人に“おいで頂いて”、美味しい料理を安くリーズナブルな価格で楽しんでもらうというものである。食材にコストはかけるが、それ以外のコストはできるだけ切り詰めることを考えた。都市の優位性をマーケットとし、ソムリエ2人をおいて、テーブルにワインボトルが1本立つようにする。主力客は、丸の内の33歳の女性、少し太り気味の肉食派、世の中を語るタイプをイメージした、と坂本社長は言う。

・ベンチャーで企業を起こすには、№2の存在が決め手である。当社の場合は、№3も入れた3人でマネジメントに当っている。この3人で経営理念を共有し、秘密は一切作らないという方針を貫いている。この理念の共有が本当にできるかどうかが最も大切である、と坂本社長は強調する。一流シェフを採用する時に、彼らが最も見るのは3人のマネジメントの結束である。3人がそれぞれ語っても、同じことを言う。これで信頼が高まるのである。

・2年前の9月に新宿の16坪のイタリアンからスタートした。レストラン名は新しく付けてもなかなか覚えてもらえない。そこで業態、何屋か、覚えやすい、というのを社内で討議して今の名前にした。

・シェフは人材紹介会社を使って募集する。すでにミシュランクラスの30人を採用した。年間1億円の人材紹介料を支払っている。今のところ誰ひとり辞めていない。いいシェフは人間的にも優れているということが分ったという。

・坂本社長が飲食業に関わった経験は、まだ2年と短い。飲食業は独立しやすいのか、すぐにお山の大将になりがちである。しかも、同業他社を見ると結構仲が悪い。もっと気軽に連携して、ビジネスを大きく発展させることを考えるべきだと主張する。

・起業家を目指す人たちは、①夢を描いて、②事業を組み立て、③まずやってみる、ことであるという。失敗しても、山に登れば、景色が変わる。そして、山に登れば、その向こうが見える。仲間を大事にして、また進めばよいという。

・起業に成功した人を見ると、尊敬する師匠が必ずいる。師匠のいない経営者は尊敬しない、と坂本社長は強調する。坂本社長は稲盛氏の盛和塾に入って言われた。事業の未来を信じて、寝言にまで会社のことが出てくるようになれば必ず成功すると。師匠がいるということは、自分を律するということである。稲盛氏はきちんと叱ってくれる。京セラでは灰皿を投げ、JALではおしぼりタオルを投げて、叱ったという逸話もある。

・「俺の」は、一流シェフの立ち飲み屋というコンセプトを、ありえない形で推進している。この模倣困難性がごこまで通用するか。いずれ株式公開を考えている。俺の会社ではなく、みんなの会社にしたいからである。今後の成長性に大いに注目したい。

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