人的資本の生産性
・世は人手不足、人材不足である。どの企業も、もっと優秀な人材が欲しい。では、社内で人材を育てているか、となると限られている。
・オン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)やオフサイトの研修に、一定の時間を割いている企業は多い。社内の人事制度として、クラス毎に研修プログラムが設定されている。それで必要な人材、望ましい人材は育っているか。
・1)育てても途中で辞めてしまうと、育成が無駄になる、2)必要な人材は外から採ってきた方が、適任者が得られる、と考えているようだ。
・本人が自ら向上心を持って、外部の教育研修機関で学び、一定の資格を取っても、それをすぐに活かす社内の仕組みが十分でない場合も多い。その資格は、会社がぜひ取ってくれと言っわけではない。よって、何らかの資格取得者の向上心を優先するわけにはいかない。
・このような話を、いつも聞いてきた。では、どうすればよいのか。人材はコストであるという考えを捨て、人的資本として捉え、まず人材投資を行って、その生産性を上げることである。
・ROEを上げよという時、第一義的にROIC(投下資本利益率)の向上を考える。そこで、そのROICに人的資本も加えてほしい。
・投下資本(Investment Capital)は、B/S上、わが社の付加価値を生むために使われる資産である。それはどう定義するのか。次の3カ年、5カ年で計画する新たなICを具体的に定める。そのためのキャピタルアロケーションを明確にすることが問われる。
・今のB/Sに、人的資本は載っていない。そもそもお金として正確に計算されていない。有価証券報告書をみると、社員数、パート・アルバイト数(8時間換算)、事業部門別社員数、平均年齢、平均給与、P/Lにおける人件費としての主な項目などは分かる。
・しかし、付加価値を計算する時の総人件費を、一目で知ることはできない。この開示がぜひほしい。そうでないと、比較可能な付加価値を外部から知ることができない。
・最近、役員の報酬開示は充実し始めている。ガバナンス報告書を通して、役員報酬の総額が開示されている。統合報告書では、役員報酬の仕組みやその内訳などが分かってきている。役員報酬が、業績とどの程度連動しているか。わが社の株価とどこまで連動しているか。この連動性が注目される。
・役員報酬は、基本報酬、業績連動報酬、株価連動報酬に分けられる。会社が今どの局面にいるかにもよるが、中堅企業以上のCEOの報酬は、基本報酬35%、業績連動35%、中長期の株価連動30%くらいが丁度よいと筆者は考える。
・株価は業績に連動する。投資家はその企業の株価に投資する。株価は、株主価値の最大の指標であるから、これが経営者の評価指標に入ってくることは当然である。
・わが社の株価といっても、それが経営陣の実力によるものなのか、マーケットの全体的な動きによるものなのか。これを識別してほしい。マーケット平均を上回るα(プラスアルファ)が株価からみた本当の付加価値であるから、これをパフォーマンスの計算式に入れてほしい。
・どの企業でも、経営者はまず粗利益、売上高粗利率をみる。それが上がっているか、下がっているか。これが利益増減の基本となる。その上で、コストアップ要因、コストダウン要因を織り込んでいく。
・原価も変動するので、その仕分けもコントロールしようとする。外部からの仕入れコスト、調達コストが上がってくると、粗利の確保が上手くいかなくなる。そこで売値をどうするかという検討に入る。最近のインフレは、どの企業においても値上げの工夫が求められている。
・ここからは机上の空論といわれるかもしれないが、わが社の企業価値創造を根本から見直す思考実験をしてみよう。
・まず既存商品・サービスの価値は、今の価格に見合っているのであろうか。値上げしたら売れない、値下げしたらもっと売れるという話ではない。わが社の商品・サービスの価値はもっと高いのではないか。あるいは、実は価値はすでに低下して、もっと低いのではないかという見定めを行う。
・そんなことはわからない、と言わないでほしい。ここをつきつめてほしい。投資家はこの点に関する社長の見解を知りたい。コストではなく、価値を反映した価格を知りたい。もちろん価値の認識は顧客によって異なる。顧客層の価値ゾーンを見定めたい。
・サプライチェーンにおいて、自社の顧客は、わが社の製品・サービスによって、どのような価値を生み出すのか。B to Cの最終消費者なら、消費者が感じる付加価値(消費者余剰)を知りたい。B to Bの生産者なら、このユーザーが感じる価値を付加価値の配分として知りたい。
・大事なことは、その製品・サービスの希少性である。希少性が乏しいならば、付加価値は削られ、いずれ限界利益すらなくなってしまうかもしれない。差別化された高付加価値を何としても創っていく必要がある。
・そこで、今のビジネスモデル(BM1)ではなく、より高付加価値化を図る次世代のビジネスモデル(BM2)の構築を全力で進める。そのための戦略立案と具体的な投資を計画する。これがキャピタルアロケーションである。
・R&D、設備投資、システム投資などは比較的はっきりしているが、それでも従来の延長線上に乗っているだけで、今一つ革新的でないケースも多い。では、人的資本投資はどうか。
・人的資本投資を2倍にするといったら、何をイメージするだろうか。採用を2倍にする、給料を2倍にする、AI研修を全員に行う、1人当たりのDX装備を2倍にするなど、いろいろ思い浮かびそうである。
・もっと大事なことがある。人材投資は中長期的なので、例えば今後10年で人的資産への投資を2倍にする。その投資が活きてくれば、企業の付加価値合計額も2倍以上に高まるはずである。そうなれば、人的生産性は高まってくる。
・ここがポイントである。付加価値額÷人的投資額(人件費総額)が人的資本生産性であり、これを1人当たりに直せば、1人当たり生産性となる。ここまでを具体化した人的投資計画を立ててほしい。
・長期ビジョン、新中期計画に人的資本投資計画が組み込まれるようになってきた。しかし、まだ人的資本に対するKPIをいくつか示すにとどまっている。
・次のステップとして、人的資本生産性をKPIとして明示してほしい。そうすると、その先にROHCI(人的資本利益率)がみえてこよう。ここに挑戦する企業に注目したい。
