対話のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)に向けて
・8月に経産省から「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に向けて」というレポートが出された。サステナブル(持続的)な企業価値創造に向けて、対話における長期の時間軸の共有をSXと名付けている。その課題と対応についていくつか取り上げてみたい。
・SXとは初耳である。DXはデジタルトランスフォーメーション、この2年でかなり一般的になった。デジタル資本主義が台頭する中で、もっとITを活かした企業になろう。ワークライフバランスをDXで一新させようという意味が込められている。
・また、CXはユーザーエクスペリエンスを意味し、商品やサービスの価値を顧客の体験を通して、もっと実感できるようにすることを目指す。最近では、CXをコーポレート・トランスフォーメーションと名付ける識者もでて、企業のビジネスモデルを丸ごと変身させる提言をしている。
・2014年に伊藤レポート1.0が出され、2017年に伊藤レポート2.0が出た。企業の稼ぐ力をもっと高めるようにするにはどうしたらよいのか。資本コストを上回るようにROEを高める必要がある。財務資本だけではなく、非財務資本にフォーカスして、ESGへの取り組みが企業価値向上に結び付くようにすることがカギである、と提言された。
・今回の伊藤レポート3.0では、もっと対話をしっかりやる必要がある。そのような仕組みを創り上げ、実行していく企業や投資家になることをSXと名付けた。長期的な視点で中身のある対話を真剣に行い、互いの価値向上において、目に見える成果を上げることを目指している。
・何が課題なのか。対話を重ねても、中長期的な企業価値向上につながっていない会社が多い。①そもそも対話が足らない、②対話をしても中身が不十分である、③経営環境や投資環境がどんどん変化しており、それに追いつけない状況も生まれている。
・本レポートでは、企業サイドからみた課題を3つあげている。第1は、多角化経営や複数事業のポートフォリオ・マネジメントがうまくいっているのか。そこが投資家に理解されていないのではないか。
・第2は、新規事業やイノベーションの「種植え」(新たな試み)が十分なのか。その種植えが投資家に理解されていないのではないか。
・第3は、ESGやSDGsへの取り組みが企業の稼ぐ力や競争優位性とどう結びつくのか。社会的価値と経済的価値の両立を投資家に分かってもらえるのか。こうした点が対話におけるギャップになっているのではないか、と指摘している。
・多角化経営においては、何が本業なのかが問われる。各々の事業は異なるビジネスモデルで成り立っている。会社全体の様々な事業をみると、それは1つのポートフォリオである。今儲かっている事業、これから儲かる事業、収益性が低下している事業、苦しくてどうしようもない事業などがある。
・投資家は、今儲かっている事業にだけ集中して、余計なことはさっさとやめてほしいと、いいがちである。これが短期的で一面的なことはわかっているが、先行投資事業、衰退事業への会社の方針や戦略が、多くの場合腹落ちしない。
・社長は本当にわかっているのか。問題がわかっていても内部事情で手を打ちたくないのではないか。こうした疑問に対して、企業サイドは、投資家は目先の経済的利益ばかりにとらわれて、先のことを十分理解してくれない。そもそも理解できないような種族と思いかねない。
・R&D投資はうまくいくか。新規事業にいろいろ取り組んでいるが、今1つパッとしない。この初期投資、先行投資を「種植え」と捉えている。将来の見込みについて、推進している部隊は必死であり、経営トップもそれを認めている。
・取締役会でも、そのPDCAをチェックしているであろう。でも、始めたことを途中でやめることは中々できない。社長がゴーと言った案件を、同じ社長がストップというのは、よほど事態が深刻にならないと難しい。
・一方、投資家はトラックレコードを知りたいという。過去の実績をみたいわけである。ところが、新しい取り組みであればあるほど、過去の事例は参考にならない。ここをどう説明していくか。
・新しいことは秘密にしておきたいことも多い。新しいことをやらなければ将来はない。ここのビジョン、フレームワーク、進退の基準などを説明して理解を求めていくことが重要である。
・SDGsをベースにしたESGのあり方について、社会的価値と経済的価値はどのように両立させていくのか。長期的にみて、社会的価値は大いにありそうとしても、社会的課題の解決に向けて、環境、働き方、ガバナンスの面で、どう取り組んでいくのか。
・経済的価値がキャッシュ・フローで測れないような対象に対して、本気でどのように取り組むのか。投資家はそれを評価できるのか。
・投資家は多くの場合、十分測れない内容については、リスクを中心に定性評価する。そして、ESGの視点をネガティブスクリーニングに使う。つまり、投資適格から落としてしまう。
・しかし、ESG投資を中長期でみると、新成長機会を生むポジティブな評価も必要である。よって、ESGインテグレーションが重要となる。つまり、ESGもアクティブ投資の重要な要素として評価していく。
・この3点に共通するのは、「時間軸」である。時間軸の違いは、企業家と投資家の双方にとって長年の課題である。何としても今期の予算達成を目指すという企業は多い。投資家も将来のことはわからないので、今見える業績を織り込んで企業評価を行う。そうとすると、企業サイドも投資家サイドも短期志向になる。
・しかし、サステナブル経営を目指すと、企業は長期を重要視するようになる。しかも抽象的でなく、具体的活動を伴いながら、企業の持続性を追求する。投資家もESG/SDGsを軸としたサステナブル投資を目指すと、長期の企業経営やそれを支える企業文化(サステナブルビジネスモデル)に着目するようになる。
・本レポートでは、企業も投資家も時間軸を長期に伸ばして、企業のサステナビリティと社会のサステナビリティの同期化を図るような対話に力を入れて実行すべし、と提言する。
・では、これを担うアナリストはいるだろうか。そもそも従来型のアナリストは必要なのだろうか。これに対して、「新しいアナリスト」が不可欠であると強調したい。
・セクターアナリストを超えて、SXを評価し、ESGインテグレーションで企業価値を評価する。これができる新しいアナリストを目指すことを、AX(アナリスト・トランスフォーメーション)と呼びたい。3年あればできるので、その勝算にも注目したい。