高齢化と企業の役割~社員の財務戦略を育てる

2019/07/23

・金融庁の金融審議会報告書案で2000万円不足問題が注目を集めた。6月の国会では感情的な議論ばかりが目立った。何が問題であったのか。

・生老病死のどの局面においても、人々は不安を抱える。子どもを生むか、どう育てるか、健康はいつまで保てるか、一病息災といってもいつまで働けるか、働くための仕事はあるのか、老後はいつからなのか、病気になった時自分は誰に頼るのか、終末の覚悟や準備はきちんとできるのか、などさまざまである。

・先行きは不安だらけである。そこで、考えてもどうなるものでもない。先のことは悩んでも仕方がない。とりあえず今日、明日を恙無く過ごせればよい、という刹那的な生き方に流れてしまうかもしれない。

・なぜ、どうしようもないと思うのか。先のことは分からない。どんな人生になるか予想もつかない。これまでうまくいかないことが多かった。チャレンジはしたいと思うが、なかなか踏み切れない。わが人生に照らしても、こんな実感をもつ。

・健康寿命は延ばしたい。健康なうちは少しでも働きたい。普段の生活は収入の範囲でやり繰りして、貯蓄はいざという時のためにとっておきたい。こう考える人々にとって、寿命が延びるから、あと2000万円必要だといわれても、そんなことは不可能で、やりきれない怒りと不安も持った人も多かったであろう。

・今回の議論には、3つの課題がある。第1に、幸せ・健康・貯蓄を、個人を尊重して考える必要があった。第2に、働き方・楽しみ方・収入の得方・貯蓄の使い方を関連づけて考える必要があった。第3に、人々は多様で個人差が大きい。それを大半の人々に当てはまりにくい平均値で一般化してしまった。

・第3の点についてはいえば、平均値で尤もらしく将来を語ってはならない。それは、ほとんど外れる。世の中はそれをみて動くからである。今回の例では、年金と生活費の差が平均値5万円としたが、バラつき(分散)や分布の歪み(歪度)に関しては十分検討していない。

・実態を1万人にインタビューして、10年後はどうかと聞いて分析したら、どんな内容になろうか。今の平均値を、どうして現状のまま30年後まで単純に延ばして累計したのだろうか。これは年金数理とは関係ない単なる算数である。

・大きな不足が発生するから大変である。年金だけには頼れないので、貯蓄に励むのはもちろんだが、貯蓄を運用してリターンを上げ、全体の金融資産を増やしていく必要がある。そのための方策はあるので、もっと活用しようということを訴えたかったのであろう。

・それが、本筋とは関係ないところで、感情的非難を巻き起こした。月5万円の差に留めておけば、それまでだったかもしれない。実際の事例を30くらい載せておけば、人生いろいろということになったかもしれない。

・現象として、想定外の非論理的なしっぺ返しが出てしまった。問題点をアピールすることにはなったが、まさか予定通りではないだろう。表現にはくれぐれも注意する必要がある。

・6月に金融包摂(ファイナンシャル インクルージョン)のシンポジウム「高齢化と金融包摂」が、日経とGPFI(Global Partnership for Financial Inclusion)の共催で開かれた。

・敷衍すると、インクルージョンとは、世の中にはいろいろな人々がいるが、一人ひとりの違いを価値あるものと認めて、組織や社会が包み込むように迎え入れて、個々を活かすような環境を提供することである。

・金融インクリュージョンとは、金融に関して、資産をもっている人・もっていない人、資産運用を行っている人・いない人、金融の知識を活かしている人・いない人など、さまざまな人々を含めて、そのあり方を考えていこうというものである。

・さらに、老年学(ジェロントロジー)に金融を含めると、健康寿命と資産寿命をいかに健全に延ばしていくかがテーマとなる。誰もが、自分や親族、そしてコミュニティとの関わりを考えて、生きていくことが求められる。

・どうにもならないから考えたくない、ではなく、いろいろ考えてみると手立てはありそううだ、となってこよう。但し、世の中のリーダーといえる人々は、実は資金に困っていない。困っていない人々が集まって、金融インクルージョンを考えても、それでは十分でない。もっと多様な人々を巻き込んでいく必要がある。

・実際、筆者の親と子供のことを考えてみよう。親に関しては、年金で何とか暮らせるので、今後は健康が維持できなくなった時の介護が課題である。子供たちは先の人生が読めない。既に働いているが、仕事を変わることはいつでもありうる。健康もいつ崩すかわからない。定年がいつかもわからないし、退職金という仕組みがないところで働いている。

・年金は賦課方式なので、その時働いている人々が、その時の年金受給者を支えていく。子供たちが40年後にどのような年金をもらえるかは、かなり不透明である。少なくとも子供たちは全くイメージできていない。

・子供たちに、金融リテラシーはほとんどない。その教育を受けていないし、父の仕事にも関心はない。SNSへの関心は高いので、知識を得る機会はある。一方で、不当なものに引っ掛かる可能性もある。金融でアクションをとる時は、必ず父に聞けと言っているが、10年後も父が頼りになるとは限らない。

・企業においては、働く社員が健康であると同時に、金融リテラシーを身につけるように、ますます教育機会を増やしていく必要があろう。すでに実行している企業も多いと思うが、わが社の財務戦略を磨くと同時に、社員一人ひとりの‘私の財務戦略’もイメージできるように、学ぶ機会を設けてほしい。

・個人が自分の財務戦略を持てるようになることは、人材育成において、1つの重要な目標となろう。企業の長期的価値創造にも必ず貢献するはずである。

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