この先の株価上昇を阻む未だかつて経験したことのない巨大なリスク

2025/10/24
  • この先の株価上昇を阻む重大リスクは「AI不況」
  • AIが人間の仕事を奪い始めている
  • AI不況への処方箋

この先の株価上昇を阻む重大リスクは「AI不況」

投資の日の特集で書いたように株価は上がるようにできているので、日経平均が5万円になろうと6万円になろうとまったく驚く話ではない。先日はテレビで「将来的には10万円」と述べてきた。「どのくらいで10万円になるのですか」と問われたので、メインシナリオは10年後とした。その根拠は、7%の複利で10年運用すると元本が2倍になるからだ。5万円をスタートに7%複利・10年で倍の10万円というわけだ。

この7%という数字がミソである。PERの長期平均は15倍で、益回りにすれば約7%。益回りというのは投資家の要求リターン(=資本コスト)であり、期待リターンの代理変数ともみなせる。また、日本の上場企業のROEは足元でようやく10%に乗せそうだ。2桁のROEが今後定着するとして、配当性向3割とすれば、

サステナブル成長率=ROE×(1-配当性)=10%×(1-0.3)=7%

つまり、7%複利で純資産が増加していくことが期待できる。そうすればPBRなどバリュエーションの拡大に依存することなく株価も7%で増えていくだろう。

もちろん、良いときもあれば悪いときもある。今後の10年を均して7%の成長率ということである。まあ、モデレートな仮定だと考える。

というわけで、ここから10年前後で日経平均は10万円になる。しかし、そうならないリスク、あるいはその達成が大幅に遅れるかもしれない、重大なリスクがある。それは

AI不況

である。この言葉は本邦初公開だ。まだ使われていないと思う。ChatGPTに確認したところ、「AIバブル」「AI失業」ということはかなり言及されているが、「AI不況」というまでのワードは見つけられないとの回答だった。

「AIバブル」は非常によく言われている。先日も日経に載ったFinancial Timesの翻訳記事でも、AIはただのバブルではなく二重にバブルだと指摘されている。(10月19日付「AIに二重バブル問題」)

記事は、IMFや英中銀などがAI関連株の過熱を警告し、2000年のドットコム期に匹敵すると指摘。元グーグルCEOシュミット氏は「バブルは技術革新を促す」と肯定するが、OpenAIやパランティアの高評価は投機的側面も強く、AIの潜在力は大きい一方、短期回収を迫られる投資構造には脆さがあり、「夢の代償」が問われていると結んでいる。

このような論考や指摘は枚挙にいとまがないが僕が挙げた「AI不況」はそういうことではない。AIによる失業で不況になるということだ。

AIが人間の仕事を奪い始めている

先日も岡元が書いていたが、今、米国ではコンピュータ・サイエンスを学んだ若者の就職難が顕著になっている。僕が聴いた話は、超一流大学でプログラミングを学んだ若者の話だ。エンジニアになってGAFAなどのビッグテックに就職すれば1年目から年収2000万円と夢見たが、どこからも面接にさえ呼ばれない。コードを書くだけならAIがやってくれるからだ。彼は仕方なくファーストフードのチェーン店でバイトしている。こんな話が異口同音に語られている。

米国の求人件数がピークアウトしたのは2022年3月。その約半年後にChatGPT3.5がリリースされた。そこから米国の求人件数は減少の一途をたどっている。

グラフ1:米国の求人件数

出所:Bloombergデータよりマネックス証券作成

これだけを見ると、AIの普及が求人件数のピークアウトの原因かどうかはわからない。たまたまタイミングが一致しているというケースはざらにあるからだ。しかし、The Economistが掲載した論文によれば、AIの普及が求人件数減少の要因である可能性が高いことが推察できる。

ハーバード大学の博士課程学生であるセイェド・ホセイニとガイ・リヒティンガーは、「生成AI統合担当者」を採用した企業を追跡した。この職種の役割は、日常業務にこの技術を組み込むことだ。AIを用いて2億件の求人情報を解析した結果、彼らは「AI導入企業」と呼ぶ1万600社の企業で約13万件の該当する求人を特定した。こうした人材の採用は2023年第1四半期に急増した。時期的にはChatGPT 3.5のリリースと重なる。

AIが雇用に影響を与えないなら、導入企業と非導入企業の採用状況は同程度であるはずだ。しかし研究者らは、2023年以降に若手職が全体的に減少した一方で、導入企業ではその後6四半期で7.7%の急激な落ち込みが見られたことを発見した。上級職の採用ではこうした差は見られなかった。新卒者が行うような単純作業でありながら精神的に負担の大きい業務——コードのデバッグや文書のレビューなど——は特に機械に任せやすいようだ。著者らは、この減少は主に解雇ではなく採用ペースの鈍化によるものだと指摘している。

もういちど要約すると、業務にAIを導入した企業は、AIを導入していない企業に比べて若手の採用が急減しているのである。これまで若手にやらせていた仕事をAIに振っているから、もう若手を採用する必要がないということだ。

グラフ2:AI導入企業とAI非導入企業の若手採用動向比較

出所:The Economistよりマネックス証券作成

AIが人間の仕事を奪い始めている。これはすでに何年も前から言われていたことである。いちばん有名なのは、英オックスフォード大学のカール・フレイ氏とマイケル・オズボーン氏が2013年に発表した研究で、10-20年間のうちに米国の職の47%がAIをはじめ機械で置き換わるとしたものだ。

その10年後、ちょうど米国の求人件数がピークをつけ、ChatGPT3.5が普及し始めたタイミングで多くの同様の研究が発表されている。

■ IMF(2023年)報告書:「先進国では約40%の雇用が生成AIによって直接的影響を受ける」
■ ゴールドマン・サックス(2023年3月):「生成AIは世界で3億人分の職務を代替可能」
■ マッキンゼー(2023年6月):「AIにより事務・分析系職務の30%が2030年までに再構築される」

まさにいま、彼らの予測が現実のものになり始めている。

今月上旬の日経新聞「経済教室」では、駒澤大学准教授の井上智洋先生が、「AIと雇用、大規模な失業リスクに備えを」と指摘している。前段で挙げた米国の例とは対照的なことが日本では起きているという。一部のIT企業は新人研修で、可能な限りコーディングエージェントを使ってプログラムを作るように指導している。その半面、熟練プログラマーの中途採用を大幅に減らすというのである。

井上先生は、これまでも日本ではデジタルネーティブと呼ばれる若手人材を取り合う一方で、ITリテラシーが低い中高年を切り捨てる傾向にあったが、AIエージェントの発達は、そうした傾向をますます強めていくだろうと予測する。

以下は井上先生の「経済教室」からの引用である。

「それはまた、ホワイトカラーにおいてAIに指示することが労働者の主な仕事になり、AIを使いこなせない労働者は仕事を失っていくことを意味する。ただし、AIを技能的に使いこなすだけの人材もいずれは危うくなるだろう。

AIに的確に指示を出して方向性を調整しながら、アイデアを新しい商品やビジネスの形にする「ディレクション力」が問われるようになるからだ。優れたディレクション力を持つ人材は、AIを活用して従来の数十人分の業務をこなすようになる。経済全体の生産性が飛躍的に高まる一方、平均的な労働者は職を得にくくなり、大規模失業が発生するリスクが浮上する。」

AIが人間の仕事を奪うのは、ホワイトカラーがイメージしやすいが、今後は肉体労働の現場でも同じことが起きるだろう。フィジカルAIの進展である。AIがロボティクスに搭載されて、実際にモノを動かすようになっている。製造業の現場ではロボットがモノを運び、組み立てるようになる。

 

出所:ChatGPTによりマネックス証券作成

AIの普及は現在直面している人手不足やインフレなどの問題を解決するだろう。それによって企業は当初はコストが低下し、業務効率が改善し、利益率が向上するだろう。

しかし、この先、大規模な失業と就職難がかなりの確度で起こると思う。AIが職場で普及し人間が減る。企業の業務は回るだろう。効率も改善する。しかし、最終需要がどこかで減衰する。AIは仕事はしても、食べないし、遊ばないので、消費が増えない。一方、職を失った人間は消費を減らすので、最終的に景気は落ち込む。これがAI不況だ。それでも株価は上がり続けることができるだろうか。この問題を乗り越えない限り10万円には届かないだろう。

AI不況への処方箋

高市首相は「ワークライフバランスを捨てる」とおっしゃった。働いて、働いて、働いていくと。首相はさっそく上野厚生労働相に対し、現行の労働時間規制の緩和を検討するように指示した。時間外労働の上限規制は、2019年施行の「働き方改革関連法」で導入された。労使が合意した場合に限り上限は「月100時間未満、年720時間」としている。しかし、中小企業の経営者らからは、人手不足を理由に規制緩和を求める声が出ていたのだ。これを受けて自民党は7月の参院選の公約に新しい働き方改革の推進を掲げた。そのネーミングがなかなか良いセンスだ。「働きたい改革」である。もっと働きたいのに働けない、これをなんとかしようではないかと。

しかし、規制があって働けない、なんていっているうちはまだ甘い状況だ。これからは本当に働きたいのに働けない状況がくるだろう。仕事がAIに奪われてしまうからだ。

われわれは「人間が働くことの意味」を考え直すことが問われている。それが本当の意味の働き方改革である。AI不況への処方箋はそこにしか見つからないだろう。

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