中央銀行の信用供与がクレジット市場に与える影響

中央銀行の信用供与がクレジット市場に与える影響

1.新型コロナで急拡大したスプレッドは中央銀行の信用供与で縮小
2.ECBの社債購入についての分析
3.ウィズコロナの経済の下でスプレッドは縮小方向ながら2極化も

はじめに
■新型コロナウイルスの感染拡大と、その抑制策の都市封鎖の影響で世界的に経済が大きな打撃を受け、冷え込んでいます。景気の落ち込みを緩和するため、各国の政策当局は積極的な金融政策と財政政策を打ち出しており、その規模やスピードはこれまでには見られなかったものとなっています。ここでは中央銀行の金融緩和、特に社債の買い入れや企業向けの融資などの信用供与策が、クレジット市場にどういった影響を与えているかについて分析し、今後のクレジット市場の動向を展望したいと思います。

1.新型コロナで急拡大したスプレッドは中央銀行の信用供与で縮小

■新型コロナウイルスの感染拡大の影響で世界的に信用不安が高まり、クレジットスプレッドは3月に急拡大しました。市場混乱の震源地となった米国では流動性が低下する中、投資適格社債のスプレッドが2月末の1.22%から3月23日には3.73%に、ハイ・イールド社債のスプレッドは5.08%から10.88%に一気に拡大しました。

■これに対し、米連邦準備制度理事会(FRB)は3月以降、大幅な利下げや国債買い入れによる量的緩和の再開を決定したことに加えて、23日には信用不安を封じ込めるため、社債の買い入れスキームを設定するなど異例の資金供給策を打ち出しました。

■FRBの異例の信用供与策を受けて、3月23日をピークにクレジットスプレッドは縮小に転じました。さらに、FRBは4月9日、投資不適格とされる「ダブルB」社債の一部まで購入対象とすることを発表しました。米社債市場では、低格付け債を中心にスプレッドが一段と縮小し、その後スプレッドはレンジ内でもみ合う動きとなっています。

■ECBも、3月に7,500億ユーロの資産追加購入を決定し、4月には資金供給する際に必要な担保の基準を一定の条件でダブルB格以上に緩めることを決めるなど信用供与策を拡大しており、同様に欧州のクレジットスプレッドも縮小しました。

2.ECBの社債購入についての分析

■中央銀行の信用供与策がクレジット市場にどういった影響を与えると考えられるか、2016年から社債購入を実施してきた欧州中央銀行(ECB)が先行的な分析を行っているので、参考として見てみましょう。

■ECBは、社債購入(Corporate Securities Purchase Program = CSPP)による信用供与の効果について2018年の「Economic Bulletin Issue3」で分析を行っています。

■それによると、CSPPは①社債スプレッドの縮小、②社債プライマリー市場での発行の増加、③社債が発行できない企業への銀行貸し出しの増加と言った3つの経路を通じて、ユーロ圏の非金融企業における金融コンディションの大幅な緩和をもたらしました。

■なお、ECBの社債買い入れの対象はBBB-以上のため、非投資適格社債は対象外です。また、18年の分析までの時点でECBの資産購入プログラムの6%程度を占めました。買い入れ対象社債の17%相当を買い入れました。

■社債スプレッドの縮小は、CSPP以外の要因にもよると考えられますが、ECBの分析では、スプレッド縮小のほとんどがCSPPで説明できるとしています。しかも、買い入れ対象ではない銀行や非投資適格社債のスプレッドも縮小するなど、効果は幅広い分野で確認されました。

■CSPPは社債発行金額にもプラスの寄与がありました。特にECBの買い入れ対象に該当する企業は社債の発行を増やし、資金調達を積極的に行いました。この結果、投資適格企業の銀行からの資金調達は減少しましたが、銀行の非投資適格企業向けの貸し出し余力を高めることとなりました。銀行の融資を促進するために導入されたTLTROの効果もあり、銀行は非投資適格企業への貸し出しを積極的に行いました。

■以上のように、ECBが投資適格企業の社債を市場の2割以下にとどまる量しか購入していない時点でも、幅広い社債のクレジットスプレッド縮小が見られたほか、社債発行額の増加とその波及効果による買い入れ対象外の非投資適格企業への銀行貸し出し増加を通じて、企業金融環境の大幅な改善をもたらしました。

3.ウィズコロナの経済の下でスプレッドは縮小方向ながら2極化も

■ECBの分析のとおり、中央銀行の社債購入による信用供与の効果は大きく、世界的な景気後退や企業業績の悪化の中でも、クレジットスプレッドは縮小し、安定的に推移しています。

■FRBも5月15日に公表した金融安定報告書の中で、社債やコマーシャルペーパー(CP)の買い入れなど異例の資金供給策や、2008年の金融危機後に導入された規制が奏功し、現在の金融システムは回復力が強かったと評価しました。

■実際、市場では中央銀行が「最後の買い手」として控えている安心感が広がり、投資家の需要が復調したことで、企業の社債発行が急増しています。報道によれば、世界の企業の発行額は4月に総額6,314億ドル(約67.5兆円)と、月間では過去最高を更新しました。

■一方で、新型コロナウイルスの影響で財務状況が悪化する企業が増えています。米大手格付け会社のS&Pとムーディーズによる世界の格下げ件数の合計(ソブリン込み)をみると、3月以降格下げが急増しました。米百貨店大手やレンタカー大手など資金繰りに行き詰まり、デフォルトする企業も世界で増えています。過去最高水準だった企業債務はさらに膨らんでおり、感染収束に手間取り債務不履行が増えるようだと、金融収縮につながりかねないため注意が必要です。

■こうした環境下、弊社は、新型コロナウイルスの影響で主要国の景気が年前半は大幅なマイナスになるものの、大規模な都市封鎖の再導入は回避されることを前提に、年後半から21年にかけて段階的に回復すると想定しています。主要国が政策を総動員しており、中央銀行の大規模緩和で金融環境も緩和していることが背景です。

■今後は、企業業績の悪化に対する警戒感は残るものの、企業の財務方針が保守化していることから、クレジットスプレッドは緩やかに縮小する展開を予想しています。ただし、ウィズコロナの経済の下では、中央銀行による大規模な信用供与策により、高格付企業を中心に資金調達環境への懸念は後退する一方、財務の健全性・耐久力に劣る投資適格未満の企業には不透明感が残るため、クレジットスプレッドは2極化する可能性があり、注意が必要と考えます。

(2020年 5月26日)

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