金融庁が「銀行は担保より事業性を見て貸せ」と言うのは無理
(要旨)
・金融庁は、担保等にこだわる銀行を「日本型金融排除」として批判。
・しかし、これは銀行の善意に期待した「青臭い書生論」である。
・地域経済の振興は、地域金融機関ではなく地方公共団体の仕事
・事業性のある企業への無担保融資は、ハイリスク・ローリターン
・事業性のある企業への投資は必要だが、銀行の苦手分野
・銀行が森長官に従うか否かは、難しい判断
・金融庁は、担保等にこだわる銀行を「日本型金融排除」として批判。
金融庁は昨年10月に発表した金融行政方針の中で、銀行に対し、担保や保証がなくても事業に将来性がある先、信用力は高くないが地域に無くてはならない先、などに積極的に融資するように促した。事業性がある先などが、担保・保証が無いゆえに融資を受けられない状況を「日本型金融排除」と呼び、是正を求めているのである。
・しかし、これは銀行の善意に期待した「青臭い書生論」である。
経済は、暖かい心と冷たい頭脳で動いている。「困っているお客様のために尽力すべき」というのは建前だが、それでは企業は成り立たない。極論すれば、困っている人を助けるのは、個人の良心である。企業が助けるのは、政府による規制や誘導がある時か、「社会貢献」を企業イメージ改善に使いたい場合に限られると言っても過言ではなかろう。
普通の官庁は、所管する業界の発展を支援するのが普通であり、監督官庁が企業に対して「お客様のために損をしてでも尽くせ」などと言うのは金融庁だけであろう。前身が「金融監督庁」であるがゆえに、金融業界を保護育成の対象と見ず、取り締まる対象と考えているのかも知れないが。
・地域経済の振興は、地域金融機関ではなく地方公共団体の仕事
ベストセラーの一つとなった「捨てられる銀行」は、森長官の信奉者(笑)が書いた本であるが、その中で広島銀行を、「マツダにとって必要な下請け企業は、財務内容が厳しくても経営再建まで踏み込んで支援した」と絶賛している。地域経済の核となる企業を助けることで地域経済が発展し、それによって地域金融機関も発展していくのが理想、という発想である。
しかし、地域経済の発展を図るのは、地方公共団体の仕事であって、地域金融機関は「地域経済が発展し、設備投資などの資金需要が出てきた時に、それに応える」のが仕事である。苦境に陥ったマツダの下請けに融資をするのであれば、マツダの保証(広島市、広島県の保証でも可)を要求すべきだった。広島銀行が自らの犠牲でマツダを助けることで、広島経済が元気になれば、他の地域金融機関等々も元気になる。つまり、マツダの健康は「公共財」であり、一金融機関が犠牲を払って守るべきものでは無いのである。
・事業性のある企業への無担保融資は、ハイリスク・ローリターン
借り手がどんなに成長しても、銀行が受け取れるのは金利だけである。借り手が倒産すれば、銀行が失うのは貸出元本である。つまり、伸び盛りの若い企業に融資するのは、銀行にとってハイリスク・ローリターンのビジネスなのである。
それなら、「成長は見込めないが倒産のリスクも小さい成熟企業」に担保をとって貸す方が遥かにマシであろう(ローリスク・ローリターンだから)。
「倒産確率5%の借り手に金利8%で貸し出すビジネス」ならば銀行に相応しいと思われるが、以前から大蔵省/金融庁が「不良債権は作ってはいかん」との建前に拘っていたため、銀行にはそうしたマインドが育っていない。「捨てられる銀行」は、バブル崩壊後の金融検査マニュアルが銀行の融資姿勢を消極化させたとしているが、バブル以前から銀行は貸し倒れを非常に嫌っていた。バブル期は、様々な意味で例外であり、それ以前の銀行は非常に慎重であったはずなのである。
・事業性のある企業への投資は必要だが、銀行の苦手分野
事業性のある企業に投資をする(出資する)のであれば、ハイリスク・ハイリターンであるから合理的なビジネスとなり得るであろう。しかし、銀行にそれを求めるのは容易なことではない。
銀行員は、「企業の成長性は見る必要が無い。借り手が成長するか否かは銀行には関係ないことだ。重要なのは、企業が倒産する確率を予測する事だ」という方針で鍛えられてきた人々なので、今更「大きく成長する可能性のある企業を探せ」と言われても、難しい。
そうした仕事は、ベンチャーキャピタル(成長性の高そうな未上場会社の株式に投資する会社)が担うべきである。ベンチャーキャピタル業界が育っていない事を考えると、「銀行がベンチャーキャピタルの子会社を設立し、ベンチャー企業への投資を少しずつでも増やして欲しい」という選択肢はあり得るかもしれないが、あくまでも「銀行とベンチャーキャピタルの文化の違いを考慮して、子会社方式で参入すること」「時間はかかっても良いから」という事でないと、難しい。
・銀行が森長官に従うか否かは、難しい判断
金融庁は監督官庁であるから、地域金融機関として、その指示を無視する事は難しいが、全面的に舵を切る事も危険である。森長官が金融庁の「異端児」である事を考えると、後任者が森長官の方針を踏襲するとは限らないからである。
そうとなれば、面従腹背という選択肢も要検討であろう。銀行にとってはインセンティブが乏しく、収益が悪化する可能性が高いのであれば、出来るだけ「ゆっくり対応する」べきかも知れない。ハイリスク・ローリターンの貸出を増やして、不良債権が増えた所で金融庁の方針が変わり、不良債権の増加を咎められるリスクもあるので。
(6月5日発行レポートから転載)