車載半導体不足は自動車メーカーの追い風かも

2021/02/24 <>

■車載半導体が不足している
■自動車生産に悪影響も
■自動車生産の減少で自動車は値上がりするかも
■自動車輸出自主規制を思い出そう
■ミクロの視点とマクロの視点の差に要注意

(本文)
■車載半導体が不足している
半導体は、今やあらゆる所で使われている。家電にも自動車にも大量の半導体が使われているわけだが、最近話題なのは「半導体製造メーカーがスマホ等の半導体を作るのに忙しくて、自動車製造用の半導体を作る暇がない」という事のようだ。

一時的に不足しているのみならず、半年以上にわたって不足が続く可能性もあるようだ。半導体製造企業が生産能力拡大のための設備投資を行う際に、技術レベルの高いスマホ関連製品を優先しているから、という事のようである。そうだとすると、不足は半年では収まらないかも知れない。

筆者は半導体業界にも自動車業界にも詳しくないが、このニュースを見た時に、両業界の人があまり考えないであろう経済面での影響について筆者なりに推測してみた。それは、半導体製造業のみならず、自動車製造業の利益も増えるかも知れない、という事である。

もっとも、それらの企業の株価が上がるか否かは、様々な要因で決まるのであろうから、筆者には何とも言えない。投資をする場合には、くれぐれも自己責任でおお願いしたい(笑)。

■自動車生産に悪影響も
自動車各社は半導体の調達に苦労しており、すでに一部メーカーで一時的に生産を止めざるを得なかったといった話も聞こえて来る。しかも、不足が長期化すれば、自動車業界全体の生産活動に支障を来たす可能性も見えて来る。

自動車各社からは、「半導体が足りない」という悲鳴が上がっているとも聞く。そう聞けば、さぞかし自動車メーカーは困っているのだろう、と考えるのが普通である。しかし、筆者は違う可能性を考えている。

■自動車生産の減少で自動車が値上がりするかも
車載半導体が不足しているという事は、世界中の自動車メーカーが長期にわたって生産調整を余儀なくされる可能性がある、という事である。そうなると、世界的な自動車の供給が減少することになるかも知れない。

景気動向にもよるが、自動車の需要が一定だとすれば、供給が減った分だけ価格が上昇する、という事が想像出来るだろう。

問題は、どれくらい値上がりするか、という事だろう。生産台数が10%減って価格が10%値上がりすると仮定してみよう。売り上げ金額は90%✖︎110%という計算によって現在の99%となる。一方で生産費用は、固定費部分が変化しない傍らで材料費等の変動費部分は10%の減少となる。

そうなると、自動車各社の利益はむしろ今より増えるかも知れないのだ。

■自動車輸出自主規制を思い出そう
高度成長期末期からバブル期頃まで、日本の製造業は米国等との貿易摩擦に苦しんだ。その最たるものは、自動車の輸出自主規制であった。「日本車の輸入が多すぎて米国製の自動車が売れないから、自動車の輸出台数を制限せよ」と米国に言われて、自動車各社は輸出台数を減らしたのである。

自動車各社からは「大変だ」「苦しい」という大きな声が聞こえてきた。だから上に「苦しんだ」と書いた。しかし、それは誤解だった。自動車各社の誤解だったのか否かはわからない。

自動車各社は内心では喜んでいたのに米国政府向けのポーズとして苦しそうな顔をしておいただけなのかも知れない。それを日本の国民が真に受けて「自動車会社は米国のせいで酷い目に遭っている」と考えていたのかも知れない。

いずれにしても、米国で日本車の需要が供給を上回ったために日本車価格が値上がりし、日本車メーカーは輸出価格を大幅に引き上げる事が出来て大いに利益を稼ぐ事が出来たわけである。

今回の事例は、米国の圧力による供給減少ではなく、車載半導体不足による供給減少であるし、対米輸出に関するものではなく世界的な生産数量に関するものであるが、作用するメカニズムは同じであろう。

■ミクロの視点とマクロの視点の差に要注意
輸出自主規制の話は、示唆に富んでいる。自社だけが輸出を規制させられたのであれば、米国の消費者は他の日本車を買うだろうから、自社の利益は減るだろう。しかし、他の日本車メーカーも同様に自主規制を強いられるのであれば、各社ともに利益が増えるかも知れない。

各社とも、自社への影響をミクロの視点で捉えるならばマイナスであるが、マクロの視点(市場全体の需給の変化による価格の変化)まで視野を広げて考えれば、必ずしも悪い話ではないのである。

これは、労働力不足等についても同様である。新型コロナ前には「労働力不足で困った」と嘆いている飲食店が多かったが、「ライバルも困っていて高いアルバイト代を払っているので、値下げ競争が止まるかも知れない」という事まで考えれば、それほど困った事態では無かったのかも知れない。

ちなみに、日本車の輸入が減った時に「それなら国産車を買おう」と米国の消費者が考えれば、日本車の需給は逼迫せず、値段も上がらなかったかも知れない。当時は日本車が米国で人気があり、「高くても日本車を買いたい」という消費者が多かったために値上げが出来たのである。

輸出自主規制の話と比べると今回は、日本車と米国車の人気の違い、といった事を考える必要がなく、世界中の自動車の供給が減るわけであるから、話は単純なのではなかろうか。

あとは消費者が「少しでも値上がりしたなら自動車は買わずに我慢する」のか「値上がりしても自動車が買いたい」のか、といった事が結果に大きく影響するのだろう。そのあたりは筆者は詳しくないので予想は差し控えておくが。

本稿は、以上である。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織等々とは関係が無い。また、わかりやすさを優先しているため、細部が厳密ではない場合があり得る。

(2月22日発行レポートから転載)

TIW客員エコノミスト
目先の指標データに振り回されずに、冷静に経済事象を見てゆきましょう。経済指標・各種統計を見るポイントから、将来の可能性を考えてゆきます。
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