足元の金融市場の状況と今後の見通し押し寄せる不安材料を受け、セリング・クライマックス的なリスク回避の動き
足元の金融市場の状況と今後の見通し
1.金融市場の動き
2.経済や企業業績に対する弊社の見方
3.今後の見通し
1.金融市場の動き
■2月下旬以降、新型肺炎の米欧での拡大と共に世界の金融市場は動揺し始めていましたが、先週末から週明けにかけては石油輸出国機構(OPEC)とロシアが減産協議に失敗したこと等を受け原油価格が急落し、金融市場は混乱に拍車がかかっています。
■主要金融市場の動きを確認すると、いわゆる安全資産と言われる主要国の国債市場は価格が上昇(債券の場合、利回りが低下)していますが、それ以外の資産は大きく価格が下落しています。主要株価指数はこの1カ月で軒並み10%を超える下落を記録している他、比較的安定性が高いとみられるREIT指数も過去1カ月では同様の下落となっています。また、債券でも、信用リスクの高いハイ・イールド社債については下落傾向となっています。通貨は円高が進む一方、新興国通貨は下落が目立っています。なお、商品については、原油価格は足元で急落していますが、主要通貨に対する信認の低下を受ける形で金価格が上昇しています。
金融市場が織り込んでいること:一時的な景気減速と積極的な金融緩和
■さて、これらの価格変動の動きから、金融市場がどういった経済状況を織り込んでいるか、吟味してみます。
■まず、株式市場は、米国のS&P500種株価指数について検討します。株価の理論的な計算式である割引配当モデルを応用すると、安全資産金利、インフレ期待、株式リスクプレミアムについて値を与え、現在の株価をモデルに入れると、株式市場が織り込んでいる経済成長率が試算できます。この試算結果には一定の幅を持ってみる必要がありますが、弊社の試算では1.1%程度への成長の減速を織り込んでいると考えることができます(19年の成長率は2.3%)。
■次に債券市場ですが、米国の10年国債利回りは3月9日現在約0.54%で、この1カ月間で金利は約1%低下しました。こういった金利の急低下は稀にしか発生せず、景気減速や期待インフレ率の低下、金融緩和等の織り込みが相当進んだと考えられます。期待インフレ率については、5年のブレークイーブンインフレ率を見ると、約0.8%低下しています。利下げについては、FF金先市場の利回りは、今年の12月の金利見込みが1.2%から0.2%程度に低下しています。米国は3月3日に0.5%の緊急利下げを行っているため、今後、年末までに更に0.75%強の利下げを行うことが織り込まれていると考えることができます。
■一方、米国のハイ・イールド社債の国債に対する利回り格差は拡大しています。この利回り格差拡大も景気後退期入りのサインとしてみなすことができます。現在の利回り格差は5.9%で、過去数年の平均と比較して高めですが、2000年以降の2回の景気後退局面の平均利回り格差が8.4%ですので、景気後退をある程度織り込んでいると考えることができます。
■このように、金融市場は景気減速やインフレ率の低下、金融緩和を織り込んできているように見られます。以下では、新型肺炎と原油価格の急落について、それぞれ景気に対する影響を検討します。
2.経済や企業業績に対する弊社の見方
(1).新型肺炎感染拡大の影響
■新型肺炎が世界経済に与える影響については、(1)移動制限による中国の生産落ち込み、(2)中国の消費減少に加え、(3)(中国以外の)世界消費減少の影響、を考慮する必要があります。中国の生産・消費が4月ごろから正常化する一方、日米欧の消費の抑制が2月下旬から4月まで続くと想定して、2020年の世界実質GDP成長率へのインパクトを試算すると、景気への下押し圧力は▲0.3~▲0.4%になると考えられます。新型肺炎の拡大以前は今年の世界実質GDP成長率を3.2%と予想していましたが、2.8~2.9%に減速するとみられます(シナリオ1)。
■中国の生産正常化や世界の消費回復が遅れれば、悪影響は更に拡大します。中国の生産消費活動が上の想定通りに4月に回復しても、日米欧で感染拡大が半年程度続くと、世界経済への影響は▲0.5~▲0.6%となります(シナリオ2)。中国の生産停滞が年央まで続いた上、日米欧の感染収束も遅れる場合の影響は▲0.7~▲0.8%となり、世界経済は▲1%近く下振れる可能性が出てきます(シナリオ3)。
(2).原油価格急落の影響
■次に原油価格急落の影響を考えます。原油価格は3月9日に急落し、代表的な指標の一つであるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)の先物(期近物)の価格は一時27ドル台をつけました。3月6日のOPECプラスで協調減産案にロシアが難色を示し、会合が不調のまま終了したこと等が要因です。
■原油価格の下落の世界経済へのインパクトはプラス効果とマイナス効果の両方があり、そのどちらが大きいかを考えることになります。
■プラス要因:エネルギー価格の値下がりによる家計の実質所得の増加。企業収益の増加(原材料コストの減少)。
■マイナス要因:エネルギー関連企業の設備投資減少。エネルギー企業が発行する債券の値下がり(資金調達コストの上昇)。産油国の政府系ファンド(SWF)の株式投資減少。
■計算上、輸入国へのプラス効果は小さくありません。例えば、日本は2019年に17.0兆円の鉱物性燃料を輸入しており、輸入数量が変わらないと仮定した場合、20米ドル/バレルの原油価格下落は5.1兆円(GDP比0.9%)のコスト減になります。
■しかし、現状は、家計所得や企業収益が増えても、先行きの不透明感から、支出を増加させるとは考えにくい状況で、短期的には産油国の設備投資抑制や、企業の資金調達コストの上昇などマイナス効果が明確化しやすいと考えられます。特に、エネルギー関連企業の存在感が大きい米国のハイ・イールド社債市場などが不安定化することの影響への警戒が必要とみられます。
■今後、どの程度マイナスの影響が大きくなるかは、1バレル30米ドル程度の原油価格がどのぐらいの期間続くのかによります。多くの国で30米ドル/バレルを下回ると関連企業の収益性(国営企業の場合は国家の収入)が問題視され始めます。中国ショックの影響を受けた2016年の例では、1バレル26米ドル前後まで低下したのち、OPECとロシアなどが交渉し、約10カ月後に減産体制を構築しました。
■今回は現段階では事態が流動的ですが、少なくとも世界経済にとってダウンサイドリスクが増したと考えられます。
本格化する政策対応
■このように景気減速圧力が高まる中、各国は金融・財政政策を積極化して行くと見られます。3月3日のG7財務相・中央銀行総裁会議の声明や、米国による0.5%の緊急利下げは、景気へのダメージを限定するために行動が必要との認識が国際的に強まったことを示しています。
■弊社では米国は3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.5%の追加利下げを行うと見込みます。4月以降は、新型肺炎が収束せず、低水準の原油価格が続いていれば、再利下げに加えて量的緩和が検討される可能性があります。欧州中央銀行(ECB)等、他の中銀も歩調を合わせると予想されます。
■今回は、新型肺炎感染拡大による経済活動の低下が企業部門の信用力の悪化を通じて雇用や投資の抑制につながることを防ぐため、各国は企業金融をサポートするための政策も導入すると考えます。
■また、財政刺激については、中国の動きが注目されます。雇用悪化を防ぐべく、中国は債務削減問題を一時的に棚上げしてでも公共投資増額や消費促進策を実施し、景気回復を本格化させようとする可能性が高いと考えています。
3.今後の見通し
■以上、新型肺炎の感染拡大、原油価格の急落の影響と、それに対する政策対応について検討してきました。総合すると、弊社は3ページ目に記載したマクロシナリオの想定よりは多少弱い経済成長率を見込みます。また、事態は流動的なため、金融市場参加者が感染状況や原油価格、政策対応をみながら想定ケースを切り替えるため、金融市場は振れの大きい展開が続くと予想されます。
■今後、市場が転換できるかどうかを考える材料として、米国の雇用と消費者心理が堅調を維持できるか、先進国での新型肺炎の新規感染者数、治療薬の治験結果、中国の移動制限緩和と生産回復状況、主要国の財政政策、中国の全人代の日程と成長目標、等に注目したいと思います。
■なお、投信関係の資金フローを集計しているEPFRグローバルのデータによると、新型肺炎の感染が拡大した2月下旬以降、グローバルな資金フローは安全志向を強め、米国を中心に長期国債に集中しています。やや長い目で見れば、不透明感が低下すればリスク資産に資金が流入する余地が蓄積されていることを意味します。資金フローが転換するポイントの見極めが重要と考えます。
(2020年3月10日)
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