吉川レポート(2019年7月) G20サミットを受けた経済・金融シナリオ

吉川レポート(2019年7月) G20サミットを受けた経済・金融シナリオ

【ポイント1】一層のエスカレーションは回避

■大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議に際して開催された米中首脳会談(6月29日)では、米中の通商交渉の再開が合意されました。会談後、トランプ大統領が中国からの輸入品に対する追加の関税賦課を当面見送ると共に、ファーウェイに対する輸出規制を部分緩和することを示唆する一方、中国は、米国からの一部農産物の輸入を増やす方向とみられます。今回の首脳会談の結果は、昨年12月の米中首脳会談と比較して、具体的な内容が限られ、先行きには不確定な要素が多く残されました。しかし、大きな構図として米中が対立を一層激化させることを回避しようとした点は評価できます。

■トランプ政権としては、中国の妥協を期待して新規の関税や中国企業向けの輸出規制など圧力を強めたものの、中国側の反応が予想外に強硬であったことを受け、対立を強めても大統領選に向け、景気へのリスクを高める一方、得るものは少ないとの判断に傾いたと推測されます。一方、中国側は、拡張型の2019年予算によって景気をサポートする態勢を整えたとは言え、米国による追加関税が経済に悪影響を与えることは事実である上、中期的には財政再建を含め、経済改革が必要と思われます。したがって、習近平政権としても、政府・共産党の保守派が最も重視しているとされる「国家の威信(対等な立場の交渉・合意)」という条件が満たされる見通しがあれば、一層の激化は回避すべきと考えたとみられます。

※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。

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【ポイント2】考えられる3つのシナリオ

■今回の合意を受けて、改めて、(1)知的財産保護などに関する制度改革とその検証の枠組みのあり方、(2)中国の米国からの輸入増加額(米中間の貿易不均衡を短期的にどの程度是正するか)、(3)中国の情報技術(IT)サービス市場の開放、(4)実施済みの制裁関税の解除などを焦点に交渉が行われていくことになると思われます。

■先行きについては3つのシナリオが考えられます。第一は部分的にせよ合意に至り、発動済みの制裁関税の一部が解除される(例えば米国が中国からの輸入2,000億ドル分に課している追加関税を撤廃ないし引き下げるなど)、「進展ケース」です。

■第二に、(1)~(4)の論点について、具体論での合意が難航する中、米中共に成果を上げたと主張しつつ現状レベルで対立を維持、交渉は継続する、「現状凍結ケース」が考えられます。

■第三は、再度交渉が中断、米国が新規の制裁関税や対中輸出規制の強化に動き、中国側も反米的な論調を強めながら、可能な対抗措置に動いてしまう、「決裂ケース」です。

■再エスカレーションはトランプ大統領の再選戦略に大きな不透明材料となり、中国にとってもコストが大きく、それが今回の交渉継続合意の背景となりました。したがって、「決裂ケース」の確率は低下したとみられます。米中対立は安全保障やIT産業での主導権を軸に中期的に続くと思われますが、来年に向けては一旦激化には歯止めがかかる公算が出てきたと考えられます。

【ポイント3】FRB、ECBの利下げなどが回復要因に

■現在までの制裁関税の影響や、製造業を中心とする企業心理悪化・設備投資抑制を通じたダメージは、世界の実質GDP成長率を▲0.3%程度抑制しているとみられます(弊社推定)。米中首脳会談を受けて事態が悪化するリスクは低下しましたが、影響がなくなるわけではありません。弊社ではインフレ期待が低下する中で、景気の下振れリスクが増している状況を受け、米連邦準備制度理事会(FRB)は7月、9月にそれぞれ0.25%の利下げを実施、欧州中央銀行(ECB)も9月に追随すると予想しています。(1)主要国の利下げ期待を受けた長期金利低下に加え、(2)主要国の財政刺激の効果、(3)IT関連投資や耐久消費財の循環的な落ち込みの一巡などを考えると、米中対立激化に一旦歯止めがかかるとすれば、来年にかけ世界経済は持ち直す公算が大きいと思われます。世界経済成長率は今年3.3%の後、来年は3.6%に戻すと予想します。

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【今後の展開】為替・原油等に注目

■米中交渉は、「決裂リスク」は低下しましたが、安全保障・人権など、経済外の要素が経済交渉に影響する可能性もあり、引き続き注視が必要と思われます。また、日本の韓国向け輸出規制については、外交的な落としどころを探る問題と考えられますが、長引けば生産活動に影響する可能性があります。

■政治と貿易の対立以外では、米欧の主要中銀の緩和が為替に与える影響が注目されます。6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)以降、FRBによる利下げに対する期待が一層高まったことから、米国の実質金利(10年インフレスワップで算出)が低下傾向となり、足下では0.1%を下回っています。名目長期金利が低下しただけでなく、インフレ期待がやや上昇したことが背景です。日本でも日銀に対する金融緩和期待の高まりを受け、10年債利回りは▲0.1~▲0.2%のレンジに低下していますが、インフレ期待に変化がないため、実質金利の低下は米国に比べて小さく、日米実質金利差(米国-日本)は縮小傾向となっています。

■日米実質長期金利差はまだ0.4%程度残っている(米国の実質金利の方が高い)ことを考えると、当面円高が進むとしても105円が目途とみられます。ただ、実質金利差という米ドルサポート材料が以前よりは減少していることから、参院選後の日米貿易交渉で米国側が強硬姿勢に出たり、米中交渉が停滞した場合などは、一時的に円高圧力がかかる可能性があります。

■原油価格については、世界経済の減速という低下要因と、中東での地政学リスクの高まりという上昇要因が綱引き状態になっており、どちらが強まるかによって振れるリスクがあります。また、長期金利については、市場では金融緩和のもと、低位の推移が続くとの見通しが支配的になっています。景気への楽観やインフレ加速の懸念がでた場合、一時的にせよ市場の変動につながると考えられます。

■欧州政治リスクはECB総裁人事などの決着、欧州委員会(EC)とイタリアの歩み寄りなどを受けて目先やや小康状態ですが、イタリアなどのポピュリズムや英国の欧州連合(EU)からの離脱(Brexit)は秋口に向けて、市場の変動要因となる可能性が大きく、注目する必要がありそうです。
(吉川チーフマクロストラテジスト)

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(2019年7月9日)

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