マネタリーベースとマネーストックの関係を再考する

 市川レポート(No.502)マネタリーベースとマネーストックの関係を再考する

  • 日銀がマネタリーベースを増やした場合、その信用乗数倍マネーストックが増えるという考え方がある。
  • 実際は、マネタリーベースが急増しても、信用乗数が低下し、マネーストックはそれほど増えなかった。
  • 両者の関係を考える場合、企業と銀行の利潤最大化行動というミクロ的基礎付けの観点も必要。

日銀がマネタリーベースを増やした場合、その信用乗数倍マネーストックが増えるという考え方がある

マネタリーベースとは、「日銀が供給する通貨の総量」です。具体的には、市中に出回っている流通現金(日本銀行券発行高と貨幣流通高、つまりお札と硬貨)と、日銀当座預金(民間銀行が日銀に保有している当座預金)の合計値です。一方、マネーストックとは、「日銀を含む金融部門全体が供給する通貨の総量」です。具体的には、企業や家計などの経済主体が保有する現金や預金の残高です。

マネーストックの、マネタリーベースに対する比率を「信用乗数」といい、これらの関係を「マネーストック=信用乗数×マネタリーベース」という式で表すことができます。この式を踏まえ、「日銀がマネタリーベースを増やせば、その信用乗数倍マネーストックが増える」、すなわち「日銀が銀行に対し資金供給を増やせば、銀行から企業への融資も増える」という考え方があります。

実際は、マネタリーベースが急増しても、信用乗数が低下し、マネーストックはそれほど増えなかった

マネタリーベース、マネーストック、信用乗数について、過去の推移をみたものが図表1です。マネタリーベースは大きく増加していますが、マネーストックの増加ペースは相対的に緩やかなものにとどまり、信用乗数は低下していることが分かります。前述の考え方に基づけば、「日銀は銀行に対し資金供給を増やしたものの、信用乗数の低下で、銀行から企業への融資はそれほど増えなかった」ということになります。なお、信用乗数の低下は、日銀の供給資金が日銀当座預金に滞留したためと考えられます(図表2)。

ここで改めて、融資、マネーストック、マネタリーベースの関係を整理します。今、企業Aに資金需要が発生し、銀行Bに融資の申し入れを行ったとします。銀行Bは与信審査を行い、融資可能と判断すれば、銀行Bにある企業Aの当座預金に入金します(銀行Bの預金増、つまりマネーストック増)。なお、銀行Bは、預金の一定比率を日銀当座預金に預けて法定準備額を満たさなければならないため、融資に伴う預金増を受け、日銀当座預金に必要分を追加入金します(マネタリーベース増)。

両者の関係を考える場合、企業と銀行の利潤最大化行動というミクロ的基礎付けの観点も必要

つまり、実体経済には「融資実行でマネーストックが増え、それに応じてマネタリーベースも増える」という流れがあると思われます。日銀は長期国債の買い入れでマネタリーベースを供給していますが、銀行にすれば、融資と無関係で買い入れに応じる必要はありません。ただ、日銀当座預金は法定準備額を超える一定分に付利していますので、銀行は日銀からの資金を一定分、日銀当座預金に滞留させれば利息を受け取れます。しかし、この一定分はマネーストックに計上されず、前述の通り信用乗数の低下要因となります。

企業は利潤最大化の観点から資金調達額を決め、銀行も利潤最大化の観点から融資条件(金額、金利など)を決めます。そのため、日銀が大量に資金を供給しても、企業と銀行の利潤最大化要件が満たされなければ、融資は増加しません。マネタリーベースとマネーストックの関係を考えるにあたっては、このようなミクロ的基礎付けを踏まえることも必要と考えます。
180511

(2018年5月11日)

市川レポート バックナンバーはこちら

http://www.smam-jp.com/market/ichikawa/index.html

三井住友DSアセットマネジメント株式会社
主要国のマクロ経済や金融市場に関する注目度の高い材料をとりあげて、様々な観点から分析を試みます。
●当資料は、情報提供を目的として、三井住友DSアセットマネジメントが作成したものであり、投資勧誘を目的として作成されたもの又は金融商品取引法に基づく開示書類ではありません。
●当資料に基づいて取られた投資行動の結果については、当社は責任を負いません。
●当資料の内容は作成基準日現在のものであり、将来予告なく変更されることがあります。
●当資料は当社が信頼性が高いと判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。
●当資料に市場環境等についてのデータ・分析等が含まれる場合、それらは過去の実績及び将来の予想であり、今後の市場環境等を保証するものではありません。
●当資料にインデックス・統計資料等が記載される場合、それらの知的所有権その他の一切の権利は、その発行者および許諾者に帰属します。
●当資料の内容に関する一切の権利は当社にあります。本資料を投資の目的に使用したり、承認なく複製又は第三者への開示等を行うことを厳に禁じます。
●当資料の内容は、当社が行う投資信託および投資顧問契約における運用指図、投資判断とは異なることがありますので、ご了解下さい。

三井住友DSアセットマネジメント株式会社
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第399号
加入協会:一般社団法人投資信託協会、一般社団法人日本投資顧問業協会、一般社団法人第二種金融商品取引業協会