米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾 ②
米国経済の基本矛盾とインフレーション
【ストラテジーブレティン(330号)】
本レポートは世界経済評論5・6月号に掲載された論文(2/15執筆)のアップデイト版です
混迷の時代、基本的リスク観が大転換しつつある。デフレ対策からインフレ対策へ、自由主義から保護主義へ、小さな政府から大きな政府へ、グローバルから反グローバル化へ(国際分業の促進から抑制へ)、など一挙に顕在化した経済観の変化をどのようにとらえればよいのだろうか。政策へのアドバイスも、将来展望に関しても180%度異なる見方が共存しているようである。当面の市場展望に関しても、楽観と悲観が交錯するが、論理上では決着がつかない。
しかし、ここ数か月の米国経済を詳細に見ると、インフレと金利上昇という新レジームが始まったとする見方は、時期尚早のようである(注1)。金融引き締め下での雇用ブームと資金余剰の存在、雇用活況の下での賃金上昇ピークアウトなど、常識では考えられない「好都合の真実」が起きている。それが次の経済拡大の好循環に結び付く可能性すら感じられる。AIネット革命、イノベーションと米国の労働・資本市場の一段の効率化が、米国経済を強靭(resilient)にしているという評価が必要になってくるかもしれない。
(注1) IMFは2023年4月10日発表のWEOの中で2021年後半からの実質金利の上昇は一時的との分析を公表している
(1) 紛糾する政策ゴールの設定、敵はデフレかインフレか
つい2年前まで世界を覆っていたデフレ、日本化(Japanification)のリスクは消え去り、世界経済はコロナ禍によるサプライチェーンの混乱とウクライナ戦争によるエネルギー価格の上昇による突然の物価急騰に直面することとなった。主要国中央銀行は、急速な金融引き締め政策へと転換し、1980年代以降40年間にわたって続いたディスインフレ、金利低下の長期趨勢は大転換した、との観測が一般的に受け入れられつつある。世界各国の経済司令塔が戦うべき敵は、デフレからインフレへと大転換したのであろうか。
同時に、米中対立とウクライナ戦争は、地政学的激変を国際分業に与えた。際限ないグローバル化と国境障壁の引き下げにより、中国がその5割近くを占めていた世界の製造業生産において、国際分業は対中デカップリングで大きく転換することになった。ハイテク分野においては脱中国のサプライチェーン構築が喫緊となり、拡大一方であった国際貿易は後退し、それがインフレへの影響を加速すると懸念されている。
エネルギー危機と環境変化に対応し、各国は政府と財政の役割を再評価するようになった。米国では半導体産業に巨額の公費を投入するCHIPS法、クリーンエネルギー・EV支援への支出を促進するIRA(インフレ抑制法: 法人税15%最低税率・薬価改革による税収増を原資金とする)の制定により、財政による産業支援が顕在化した。ハイテクとグリーン産業分野での国際競争に直面し、欧州や日本でも産業への公的支援が強化される流れが不可逆となった。また、各国で進行中のグリーン投資への原資捻出のための、炭素税の創設・増税、排出権の引き上げなども、原油・天然ガス需給ひっ迫と合わせて、エネルギーコストを引き上げている。こうして過去40年ほどにわたって定着してきた規制緩和と小さな政府による競争促進がもたらしたディスインフレ圧力は、大きく転換することとなった。
この大きな政府の流れも財政収支の悪化から金利上昇圧力をもたらす、と考えられ始めている。一年前までインフレは一過性であるとして金融緩和姿勢を堅持してきたFRB議長パウエル氏は、態度を豹変させ、一年間で9回、累計4.75%の利上げを実施し、さらに年内の利上げを示唆するなど、タカ派姿勢を強めている。