米中敵対決定的、日本最重視鮮明、それは長期円安に帰結する
【ストラテジーブレティン(277号)】
武者リサーチは2009年設立以来、日本のデフレの最大原因は、米国の日本叩きという地政学的要因によってもたらされた過度の円高であると主張してきた。超円高によって価格競争力が破壊され、ドルベースでみて超割高になった円建て賃金の、大幅な引き下げが引き起こされた。また日本の産業集積の海外への移転が急進展した。しかし米中対決という新地政学環境の下で、この円高デフレの悪循環が決定的に変化すると考える。今回は結論を述べるにとどめ、詳細な検証と分析は今後提供していきたい。
米中敵対決定的、米戦略の中核は中国経済の弱体化
米中外交トップのアラスカ会談において、不可逆的米中敵対が鮮明になった。米国は中国の対外膨張、人権抑圧を絶対容認しないと通告したが、今後レッドラインを引くだろう。昨年ポンペオ前国務長官が1972年以来続いてきた米国による対中国宥和政策を根本から転換するというスピーチを行ったが(ストラテジーブレティン257号、2020年7月27日参照)(注1)、バイデン政権はそれを一段と推し進めた。コロナ制圧後の米国の最優先課題は、圧倒的に対中である。対中問題は外交のみならず、米国の内政問題になっていくだろう。国内の分断を解消する道は強い外敵の存在が便利であり、中国への敵対心をあおる国内世論がさらに強まるだろう。米日豪印4か国対中連携(クアッド)の構築、英仏艦隊アジア派遣、中国包囲のミサイル網構築、米国軍備の近代化など、軍事的包囲網が着実に敷設されるだろう。とはいえ20世紀型の全面戦争が選択肢になりえない以上、軍事力は中国抑制・制圧の手段にはなりえない。中国の台湾進攻などの冒険主義を抑制するのみである。
中国による米国覇権奪取を回避する唯一の道は中国経済弱体化しかない。軍事圧力と同盟強化で中国の軍事的冒険を抑えつつ、経済的弱体を狙う長期戦略である。
日本最重視鮮明は当然
米国の日本最優先が明確化した。バイデン大統領が最初に会見する海外首脳として菅首相が選ばれたこと、米ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が初外遊として来日し、日米2プラス2会談を実施したこと等は、それを示している。
米中敵対時代において、第一に地理上日本は米中両国にとって、決定的に重要、日本が米中のどちらにつくかで、米中覇権争いの帰趨が決まる。もちろん日本に対中連携という選択肢はないが米国は日本を大切に扱わざるを得ない。第二に経済の面からも日本の役割が重要である。アジアにおける日本のプレゼンスの引き上げが必須になってくるだろう。
突如浮上した米国の経済リスクとして、現代の石油というべき半導体・ハイテクハードウェア生産を中・韓・台に全面依存しているという現実がある。半導体供給では、韓国・台湾・中国に6割依存、スマホに至っては100%を3か国に依存している。なぜこんなことになったのか、それは日本叩き、超円高の結果日本に集積していたハイテククラスターが韓国、台湾、中国にシフトしたためである。中国・韓国・台湾は米中敵対時代においては、潜在的係争地であり、ひとたび騒擾が起きれば3か国からのハイテク供給は遮断されるという危機的状況にある。
米国の日本叩きと超円高の行き過ぎが、アジアの分業構造を著しく米国にとって危険なものにした。米国はそれを修正するはずである。どうすれば安全なハイテクサプライチェーンを構築できるのか、半導体等ハイテク生産を米国に勧誘すること、および東アジアの中での安全地帯、日本へのハイテククラスターの回帰を促すことしかない。