監査報告書のKAMとは~監査上の主要な検討事項の導入

2018/05/29 <>

・日本でも監査報告書の透明化に向けて、KAM(Key Audit Matters)の導入が議論されている。株主総会招集通知や有価証券報告書に載っている会計監査人の監査報告書がもっと中身のあるものになるのだろうか。4月に日本公認会計士協会の住田清(さや)芽(か)常務理事の話を聴く機会が、日本取締役協会とスチュワードシップ研究会であった。

・会計監査報告は決定的に重要である。上場企業の財務諸表が適正に表示されていることを保証する。投資家は、これを前提に財務データをみていく。もし財務データが信頼できないとなったら大変なことである。

・監査意見には、1)無限定適正意見、2)限定付適正意見、2)不適正意見、4)意見不表明の4つがある。平たく言えば、①概ね正しい、②一部不十分だが、あまり問題ではない、③虚偽の表示があり、正しいとはいえない、④重要な監査手続きが実施できず、意見がいえない、という内容である。

・ほとんど全ての上場企業の監査報告書は、1)の無限定適正意見がつく。例外的に問題企業が出てくると、2)、3)、4)という場合がある。東芝は一時、4)の意見不表明となって揉めた。粉飾決算が事前に分かれば、3)の不適正意見となろう。

・今回の監査報告書におけるKAM(監査上の主要な検討事項)は、上記の監査意見とは全く別の話である。財務諸表が適正であるという証明は極めて大事であるが、そのことを記載した定型的な1枚が書類としてあるだけなので、中身を読む人はほとんどいない。

・ほぼ同じ文章が書かれているだけの書類である。そこで、監査報告書がペラ1枚で、活動の中身がブラックボックスとなっているものを、透明化させていこうというのが、今回の改定の主旨である。

・会計監査人は何を監査したのであろうか。もちろん、我が国が定めた監査基準に従って、しっかり監査したはずである。個々の企業の財務諸表はみな違う。事業活動が異なるのだから、数字の持っている意味や内容もそれぞれである。しかし、一定のルールに従っているので、その点において適正であると判断された。

・では、ある企業に対して、今回の決算ではどこが監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)であったのか。監査人が着目した会計監査上のリスクはどのあたりが論点であったのか。もしこれらの内容について監査報告書に記されるのであれば、投資家は俄然読みたくなる。

・結果として、適正であり、なんら問題ないとしても、どんなところに着目し、重点的に監査したかが分かれば、企業と投資家(財務諸表利用者)との対話は進むことになる。KAMの開示が前提になれば、企業と監査人とのコミュニケーションは充実し、ひいては監査品質の向上にも結びつくといえる。

・しかし、KAM(監査上の主要な検討事項)とは何なのか。わざわざ書くということは、何か問題があったのか。そうとられかねないと、会社サイドは心配するかもしれない。監査法人の会計監査人は、これまで会社の財務諸表に関わる内容をいろいろ調べて確認しても、その事項について、外部に記載したことはない。

・内部で議論しても、対外的には結論を示すだけである。適正である、といえば、それで完了であった。もし、KAMが導入されると、その内容を開示する必要がある。うまく表現できるか、心配になるかもしれない。

・KAMとは、その年度の財務諸表監査で、監査のプロセスや意見の形成において対応した事項について取り上げる。しかし、それらの事項について個別の意見を表明するものではない。こういう内容をこういう観点から主要な検討事項と判断して、監査上しっかり対応したということを書く。

・ここには企業が未公表の情報は含まれない。また、報告することが企業にとって不利益をもたらすのであれば、報告しなくてよい場合もありうる。

・KAMは、①限定意見を代替するものではないし、②財務諸表の注記を代替するものでもない、また、③注意喚起でもない、と住田常務理事は強調した。監査活動を行った中で、今回重要と認識したプロセスや内容について報告するものである。

・公認会計士協会では、昨年試しにKAMを実験してみた。監査法人7つと上場企業26社に参加してもらい、KAMを試行した。26社に対して、KAMとしての検討項目は68個があげられた。1社当たり平均2.6個である。

・主要な検討事項としての項目は、1)のれん以外の固定資産の減損/18個、2)企業結合に関する会計処理、のれんの計上および評価/17個、3)引当金、資産除去債務、偶発債務/14個、4)収益認識(工事進行基準、変動対価の見積り、期間帰属、過大計上リスク)/9個、5)資産の評価(公正価値測定を含む)/8個、などであった。

・これらがKAMとして選定された理由は、①金額的重要性、②算定プロセスの複雑性、③算定における主観的影響、④誤りの発生しやすさなどに基づく。また、「監査上の対応」としては、社内の体制、運用、手続きなどの内容を実証的、分析的に検証している。

・筆者は現在上場企業の社外監査役と務めているが、その立場からみると、経営の観点や現場の実務の観点から経理財務サイドとはことあるごとに議論している。

・また、監査法人とは四半期に1回、財務諸表の監査に当たって、1)今回どこに重点をおいたか、2)経営上課題となる会計処理は何か、3)現場優先で課題となる会計処理はなかったか、4)経理財務部門と認識が十分一致していなかった点はなかったか、などについて議論している。

・会計監査人は、KAMの内容は既に十分持っている。それを適切に表現すれば対応できるものであり、会社サイドも過度に外部の誤解を心配する必要はない。

・投資家は財務諸表が適正であるという前提から企業分析をスタートさせる。最もいやなことは、財務諸表の事後的修正である。小さな修正でも数字が違っていたということがあると、信頼が揺らいでしまう。

・まして、その数値の意味する内容を別に解釈すべきとなったら、不正でないにしてもかなり問題となる。よって、KAMが何であったかが公表されるのであれば、信頼を高めるという点で大いに参考になる。ぜひ推進してほしい。

・監査報告書にKAMが導入されれば、投資家は必ず目を通すようになる。その上で財務諸表をみる。さらに、その内側にある非財務情報、無形資産情報に目を凝らす。企業との対話に弾みがつき、企業価値を見抜く目も一段と鍛えられることになろう。

・監査人のレベルも上がってくると想定できるので、いいこと尽くめである。但し、会計監査人の手間は増えてこよう。それを監査報酬に適正に反映させることが企業サイドには求められる。それによって、企業への信頼が一段と高まるならば、コストの問題はクリアできるはずである。

・海外においては、英国では既に実施されており、EUでは今年から本格化する。米国でも2020年にかけて導入が進む予定である。日本も実施に向けて議論がまとまってきた。

・この5月に、日本の監査基準の改定案が出された。現在の監査報告書(短文式)ではなく、「監査上の主要な検討事項」を記載する新しい監査報告書(長文式)の基準を定めるものである。公開草案であるから、これから広く意見を求め、必要な修正を加えていく。実施は、3年後の2021年3月期の決算からの予定である。

・「監査上の主要な検討事項」とは、監査人が当年度の財務諸表の監査において、特に重要であると判断した事項である。具体的には、1)特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、2)重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された事項、3)見積りの不確実性が高いと識別された事項、4)経営者の重要な判断を伴う事項、などが対象となる。大いに参考にしたい。

 

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