統合思考(Integrated Thinking)の実践に向けて

2018/04/02 <>

・かつて佐伯胖(ゆたか)先生(認知心理学者)から学んだ。行動科学的にみると、ヒトは合理的(rational)であろうと行動する。合理的である基準は、1)一貫性(coherent)、2)最適性(optimal)、3)開放性(open)にある。しかし、現実の意思決定や行動は必ずしも合理的ではない。

・法人としての企業も、それを運営するのはヒトであり、社会的存在として不合理な行動をとることも多い。不正は論外として、社会のためという公益と、法人としての自社の長期的な利益を、いかにバランスよく発展させていくかが問われる。この一貫性(coherency)を継続するには、誰のため、何のためという視座を絶えず確認する必要があろう。

・企業にはさまざまなステークホルダーがいる。誰を優先するのか。順番はどうか。顧客、従業員、取引先、地域社会、株主の中で誰の利益を大事にするのか。こうした問い自体が、設定として的確ではないといえる。

・ステークホルダーにとっての価値を、和集合で捉えるのか、積集合で捉えるのか。日本では株主がとかく軽視されがちであったが、欧米では株主優先が行き過ぎともなった。バランスが大事である、といっても抽象的である。

・そこで、企業価値創造とは何かを再考する必要がある。伊藤邦雄教授は、ROEを超えて、ROESGを重視すべしと問題提起している。ROEは大事であるが、そこにESGを組み入れて、価値創造を考えるべし、という提案であろう。

・PBR=ROE×PERである。つまり、時価/簿価純資産=簿価自己資本利益率×利益成長倍率である。今問われているのは、簿価ではなく、時価でもなく、フェアバリュー(公正価値)である。投資家は簿価に投資するのではない。今の株価は時価(市場価格)であるが、本当のフェアバリューであるとはいえない。一方で、何がフェアバリューかは明示的に分からない。しかし、何らかのバリューを想定し、それを仮説として実現を目指す。

・企業が新たなる価値創造に向けて、マルチキャピタルに投資するのは、新しいフェアバリューを創るためである。よって、長期の利益成長と同時に、それを生み出すために、バランスシートに明示的に載っていない無形資産の価値に注目する必要がある。その意味で、ROESGは、単なるE(簿価純資産)ではなく、ESGをキャピタルとして組み込んだ時のESG純資産(フェアバリュー)として評価することが求められよう。

・IR(統合報告)をどう活用するか。これには3つのステップがある。まずは、統合報告書を作ることである。全上場会社が、事業報告書や株主通信を発行するように、IRを作るのが当たり前になってほしい。自分の会社をステークホルダーに的確に知ってもらいたいと、誰でも思うはずである。

・第2のステップは、それを読まれるようにすることである。誰が読むのか、株主か、社員か、顧客か、さまざまな狙いは想定できる。第3は、それを対話に活かし、経営改革を推進することである。ここまでいけば本物であろう。

・株式の持ち合いをどうするのか。持ち合いは日本の文化ともいえる。株式の政策保有について、その正当性を説明せよといわれて、うまく説明できる企業は多くない。互いに株を持つことが、ビジネスの拡大に結びつくのか。資本提携は、一定の比率を超えてこなければさほど意味を持たない。取引先との関係強化という建前はあるにしても、実態は安定株主作りである。

・とすれば、持ち合いは、安定株主作りが目的であって、マネジメントが短期の業績変動で一喜一憂しなくて済むように、株主総会で思った通りの議案を通すためである、と言えばよい。株主はその内容を議論したいのである。

・安定株主を確保しても、1)不祥事を起こしたり、2)大幅な赤字に陥ったりすれば、トップマネジメントの交替は必至である。この観点でのガバナンスは、今の日本企業にほぼ見事に機能している。しかし、リスクをとらずにそこそこ儲けているだけで、株主、社員に不満が貯まっている時、その程度ではなかなか経営陣を変えられない。

・ここのメリハリをもっとつけるには、マネジメントに覚悟してもらう必要がある。説明責任だけでなく結果責任をとってもらうことである。中長期の企業活価値創造ができない経営者には交替してもらう必要があり、そのための仕組みが整えられようとしている。

・機関投資家も、1社1社の個別的な議決権行使だけではなく、集団でまとまって議決権行使に至るような話し合いを会社としていく。この動きがこれから活発化することになろう。持ち合いはどうなるのか。すでにかなり減り始めているが、次の5年をみると大幅に低下することになろう。新しい経営者は合理的に勝負して勝つ必要があり、そうでないマネジメントには降りてもらうことになろう。

・取締役会の実効性は上がっているのか。役員の指名、報酬、事業の監査などが適正に行われているかを、どのようにみていくか。投資家からみると、新CEOや新社外取締役はどのように選ばれたのか。そのスキルは十分なのか。実績を財務で確認するより前に、取締役の資質をよく知りたいと思う。役員の報酬は成果に見合っているのか。その連動についてフォーマットを知りたいし、業績連動を強めてほしいと考える。

・監査はどうか。細かい手続き監査以上に、経営の根幹に関わるような不正や不適切な行為を事前に見出すことはできるのか。何らかのシグナルはあるはずなので、そこに踏み込んでいく必要がある。それだけの素養が社外監査役には求められる、と覚悟しておくことが重要である。

・IIRCのマービン・キング議長は、SDGsを含めた企業価値創造を図るべきである、と主張する。今やこれが主流である。そのためには、社会的課題を見据え、統合思考(IT)で企業価値創造の仕組みを作っていく必要がある。

・株主至上主義ではなく、多様なステークホルダーを視野に、財務キャピタルだけでなく、マルチキャピタルを活かしたアウトカムを追求せよという。そこには自然キャピタルも当然入ってくる。

・キング議長の考えは、経済、社会、自然のトリプルボトムラインを軸に、取締役は企業経営を考えるべし。そのためには、SDGsに深く関わっていくことが求められる。それが桎梏(しっこく)ではなく、大いなるオポチュニティとして、新たな価値に結びつくというスタンスである。

・では、IT(統合思考)を経営に持ち込むにはどうしたらよいのか。同じことをやっていて、経営が変わるはずはない。その意味において、SDGsを軸に自社のビジネスを見直してみることである。関係ないと考えるのではなく、関係づけてみることである。

・その上で、自社の価値創造プロセスにおける重要性(マテリアリティ)や結びつき(コネクティビティ)を突き詰めていくことである。これはチャリティ(慈善事業)ではない。新しい価値創造のフレームワーク作りである。そして、最終的には新たなビジネスモデルの構築である。そのための統合戦略を立案し、実践することが最も大切であると理解した。

株式会社日本ベル投資研究所
日本ベル投資研究所は「リスクマネジメントのできる投資家と企業家の創発」を目指して活動しています。足で稼いだ情報を一工夫して、皆様にお届けします。
本情報は投資家の参考情報の提供を目的として、株式会社日本ベル投資研究所が独自の視点から書いており、投資の推奨、勧誘、助言を与えるものではありません。また、情報の正確性を保証するものでもありません。株式会社日本ベル投資研究所は、利用者が本情報を用いて行う投資判断の一切について責任を負うものではありません。