ファイナンシャルジェントロジー~認知症とアセットマネジメント
・自分も老年を迎えるので、ジェントロジー(老年学)への関心は高い。今の60代は若々しいという声に合わせて、気持ちは54歳と称している。健康で従来と同じように活動できる健康寿命を少しでも長くしたいと節制にも努めているが、生活習慣病との共生は続いている。
・少し前のデータだが、男性の健康寿命は71歳、女性79歳、生命寿命との差は男性9歳、女性12歳であった。私自身は90歳まで生きようと考えている。先は分からない方が楽しいという意見を聞いたからである。そして、90歳のその時まで健康でいたい。
・理想はピンピンコロリである。しかし、世の中では生命寿命と健康寿命の差をどう過ごすかが大きな課題である。その間の介護は不可欠であり、長く寝込んで病が重くなるネンネンコロリも増えていく。
・慶大医学部の三村将教授(精神神経科)の話を聴く機会があった。テーマは、「認知症500万人時代の資産管理のあり方」であった。日常生活が一人でできない認知症の方は、現在500万人ほどいる。認知症の代表であるアルツハイマーは、それがスタートして発症するには15年もかかる。
・もちろん個人差はあるが、認知症になって介護が必要となる前の予備軍となると、1000万人以上いるのではないかと推定される。三村先生は、高齢化とともにこの予備軍が1500~2000万人になるかもしれない、と警鐘を鳴らす。
・2014年のデータで、認知症の社会的コストは14.5兆円と推定された。医療費1.9兆円(全体の13%)、介護費6.4兆円(同44%)、家族などによるインフォーマルケアコスト6.2兆円(同43%)であった。医療保険や介護保険はどんどん増えていく。周りで支えることが必要だが、その経済的負担や精神的負担も一段と重くなってこよう。
・認知症を治す薬は今のところはない。いかに予防するか。早期発見、早期介護で進行を遅らせ、食い止めることが鍵である。医学的には脳に不要物が貯まることが原因である。アミロイドやタウが貯まるので、これが貯まらないように、あるいは減らすことができればよい。
・まだ失語、失行、失認などの症状がでていない人でも、脳の中を断層撮影すると、アミロイドなどの存在状況を診断することができる。今ある薬や開発中の薬は、いずれも認知症の進行を遅らせるものであるが、このアミロイドなどを除去できれば、認知症は大幅に改善されるかもしれない。
・私の母は昨年95歳で亡くなったが、90歳を過ぎた頃から失認が激しくなり、私と会ってもどちら様ですかと言うようになった。しばらく話すと息子であると分かる。長期記憶には息子が残っているので、昔話は分かる。それが目の前にいる本人とは一致せず、トイレに行って帰ってくると、どちら様ですかに戻る。短期記憶には結びつかなかった。
・認知症は現在60代前半で2%程度、5歳ごとに2倍ペースで上昇していくという。80代後半では25%が発症することになる。発症までに15年かかるとすると、60代の5~6人に1人がすでに予備軍である。
・脳に不要物を貯めないようにするにはどうすればよいか。長寿の秘訣と似ているが、アクティブに生活をエンジョイすることである。食事(佐久市)、運動(藤沢市)、幸福度(荒川区)に関するコホート(観察研究)によれば、1)食べすぎず腹八分にして、2)今までよりもプラス10分間運動をして、3)広い人間関係のもとで趣味をもって学ぶことがよい、という。
・魚を食べて鬱(うつ)の気持ちを防ぐようにする。深い睡眠は脳を掃除してアミロイドを減らすので、気持ちよく寝るようにする。そして、頭を守って、ぶつけないように注意する。若い時に頭に衝撃を受けるような運動をしていると、脳が動いてタウが貯まり易くなるという研究もある。サッカーやラグビーは注意を要するという三村先生の話は意外だった。
・長生きを健康で過ごすには、一定のお金も必要である。そこで、生命寿命、健康寿命とともに、資産寿命も大事になってくる。自立した日常生活を送るには、お金の使い方や財産の管理が自分でできないと困る。しかし、認知の低下と共に、財産管理能力も落ちてくる。
・最後は誰かに面倒をみてもらう必要があるが、それは医者や介護ケアの人ではない。そこで、ファイナンシャルジェントロジー(金融老年学)を研究し、金融に関して高齢者が適切にサービスを活用できる社会を作っていく必要がある。年をとると、金融に関する意思決定能力(FC : Financial Capacity)が落ちてくる。大きな金額の判断や特別な決定ができなくなる。
・個人金融資産の分布をみると、高齢者が最も資産を持っている。それが活用されないのは、長寿に備えた安全第一という見方もあるが、FC(金融決定能力)が十分でなくなってくることも影響する。これからはFCが重要となろう。老年者に対して、顧客本位の金融サービス(フィデューシャルデューティ)になっているか。何らかの不正や犯罪に結びつかないか。長寿に見合った資産運用の機会を逃すことにならないか。こうした論点が問われる。
・どんなビジネスにおいても、高齢者との取引には十分な注意(善管注意義務)が必要である。高齢者は認知能力が落ちてくると、次第に道具が使えなくなる。今まで使えていたものが、上手くいかなくなる。
・三村教授は、高齢者は不意打ちに弱い、と指摘する。医療の世界でも、インフォームドコンセントにおいて、その場やその日に同意を求めないという。重篤な病気に対する治療の同意を求めても、その不意打ちに動転して、従順に従ってしまうからである。必ず考慮する期間をおいて、後日に判断を仰ぐ。
・金融においても、咄嗟の判断を求められ、同意を得るようなプレッシャーをかけられると、高齢者はそれに従ってしまう。そういう行動学的な傾向がある。これが詐欺的商法にはよくみられ、さらに悪意がなくても、聞いてなかった、知らなかったというトラブルになりやすい。
・認知症の人々が増えていく。その医療や介護は大変であるが、その人たちが有する金融資産の管理(アセットマネジメント)も重要になる。その金額が100兆円に膨らむという見方もある。
・三村教授は、薬の開発という点では製薬企業とR&Dを進めるとともに、慶大経済学部の小林慶一郎教授と組んで、ファイナンシャルジェントロジー(金融老年学)の研究にも入っている。この分野では大手証券会社と共同研究を進めている。FC(金融決定力)をAIで診断するという試みも展開されよう。
・金融認知症にならないようにするには、脳に不要物が貯まらないように、生活にメリハリをつけ、自らの頭を使うことである。個人的には仙人の構えを目指しながら、ボケ封じの神頼みに出かけることも心掛けたい。