マクロ経済の質と企業の質に共通するもの~見えざるキャピタルに注目
・NRIのOBの集まりである乾坤会(けんこん会)で、福島清彦氏と会話をした。彼はマクロ経済調査が専門で、後に立教大学経済学部教授を務めた。その時手渡された「日本経済の『質』はなぜ世界最高なのか~国連の超GDP指標が教える真の豊かさ」という彼の著書(PHP選書)が興味深い。
・GDP(国内総生産、一国のフローベースの付加価値)で国の豊かさが測れるのか。これは、私が手掛ける企業価値評価において、フローベースの業績(利益)で企業の良さが測れるのか、という問題と相通じるものがある。つまり、マクロもミクロも新しい視点が求められているのであろう。
・GDPは1つの代表的指標であるが、1)国を超えたサプライチェーンを捉えきれない、2)製品やサービスの質、消費者の満足度がつかめていない、3)気候変動や資源枯渇など、持続可能性に対する要素を反映していない。もともとGDPに、そんなことを求めること自体が無理難題であるという見方もある。しかし、そういう視点を取り入れたいという要求が高まっているともいえる。
・2009年に出された「スティグリッツ報告」では、暮らしの質を8つの分野から論じている。①健康(平均寿命と罹患率など)、②教育(教育機会など)、③個人の活動内容(賃金労働、家庭内労働、通勤、余暇、住宅など)、④政治的自由と統治(発言の自由度、政府の統治能力など)、⑤社会的つながり(組織との結びつきや信頼関係)⑥環境条件(環境データなど)⑦身の安全(犯罪率、テロなど)、⑧経済的状況(失業の恐れ、雇用の質など)、という8項目から福利厚生度を論じている。
・それを踏まえて、国連からGDPを超える「総合的な豊かさ報告」(第1回)が2012年に出された。そこでは、4つの資本に着目している。①人的資本、②生産資本、③社会関係資本、④天燃資本である。これらの資本を適切に活用し蓄積して、福利厚生度が上がっていく。その1つの指標がGDPであるという見方である。
・おもしろいのは、これらの資本(キャピタル)を測ろうとしている。1)人的資本=(教育年数+訓練年数)×教育を受けた人数×平均賃金の現在価値、2)生産資本=生産された資本の残存額、3)天燃資本=資源(石油、鉱物、田畑、森林など)の3つは測れるが、4)社会関係資本はまだ測定されていない。さらに、これらが一定の期間にどの程度向上しているかをみようとしている。
・企業における価値創造においても、従来のバランスシートや損益計算書といった会計上の数値ではなく、見えざる資産である無形資産をより評価するようになっている。企業の価値創造の仕組みを、投資家を始めとするステークホルダーにより分かり易く伝えようとする統合報告が主流になりつつある。
・この統合報告に関するIIRC(国際統合報告評議会)のフレームワークでは、6つの資本が定義されている。①知的資本、②人的資本、③製造資本、④社会関係資本、⑤自然資本、⑥財務資本の6つ資本のうち、人的資本、製造資本、社会関係資本、自然資本の4つは、国連がマクロ的に豊かさを捉えようとする時の4つのキャピタルと同じである。
・企業にとっては、これらの6つのキャピタルをどのように位置付けて、自らの価値創造プロセス(ビジネスモデル、BM)にいかに活かしていくかは千差万別である。各社各様の工夫がありうる。現在のキャピタルを活用して価値を創造するといっても、それは単なる財務的利益のみを意味するわけではない。知的資本や人的資本をどのように高めていくのか。長期的にきちんと高めて、それを組織能力として活かさないと、結果としての財務的な利益が持続的に伸びていくことにはならない。
・ここでは、キャピタルが質的に高まっていくことを示す成果がアウトカムであり、それを財務的なB/S、P/Lでみたものがパフォーマンスであると捉えることができる。価値創造のプロセス(BM)をきちんと作り上げることができるか。それを進化させていくための戦略遂行において、キャピタルはどのように活用され、形成されていくのか。これが問われる。
・このように、①マクロ的にみた社会的・経済的な価値の発展、②ミクロ的な企業としての価値創造、③一個人としての生活の豊かさについて、それを支える資本(キャピタル)に注目し、それを形成するために何をなすべきかを再考する必要があろう。そうでないと、1)GDPが伸びない、2)企業の利益が伸びない、3)個人の所得が増えない、と指摘し、それだけにフォーカスしても事態は好転しないといえよう。
・まずは、企業に注目して、企業の価値創造について吟味しつつ、マクロ的な視点と、生活者としての視点を共有していきたい。そうすれば投資家として、社会とマーケットを見る目が一段と養われてこよう。