「日本化」を打破するのは日本
・10月に催された日立イノベーションフォーラムで、ポール・クルーグマン教授(プリンストン大学)の話を聴いた。2008年にノーベル経済学賞を受け、現実の経済についても論客であり、彼の主張はいたるところで論評されている。なかなかついていけない面もあるが、「日本化」(Japanification)をどうするのかという点に関して、改めてまとめてみた。
・欧米から見て、1980年代までの日本は輝いていた。スーパー大国のイメージがあった。しかし、日本は脆弱な国になってしまった。90年代の金融危機を克服しても、景気がさほど良くならず、長期停滞に入った。そして、まだ脱却できていない、と分析する。日本は明らかにミスを犯した。90年代以降の政策は間違っていた。日本は罠にはまったと主張する。アベノミクスで、それを克服できるかどうかが問われている。
・しかし、日本が例外ではなかった。リーマンショック以降の世界経済が、日本と同じような罠にはまってしまうかも知れないと懸念した。経済が当時の日本のようになることを「日本化」(Japanification)とクルーグマン教授は名付けた。
・バブル後の住宅価格の推移をみると、「日本化」が欧米でも起きているようにみえた。米国はようやく脱しつつあるが、欧州はこれから本格化するかもしれないと指摘する。その本質はデフレにある。価格が毎年下がる経済が始まっている。まだゼロにはなっていないが、これをもとに戻すには困難を伴う。20年前の日本と同じであるという。
・デフレはなぜ悪いのか。負債が増える中で、問題が悪化するからである。新興市場が新しい成長エンジンとなって、需要不足をカバーしてくれると思ったが、そうはいかないと分かってきた。貸出基準が緩んで負債が増えると、どこかの局面で人びとが不安になり、皆が同じ行動を取り出す。つまり、クローズドシステムの経済の中で、皆が支出を減らすと、大不況に陥る。日本ではバブル崩壊後の企業の負債が問題となり、米国ではリーマンショック後の家計の負債が問題となった。
・90年代に日本はデフレを阻止しなかった。‘できる’のに‘しなかった’という意味で、それをクルーグマン氏やバーナンキ氏は批判した。財政をもっと使うべきだったのに、ストップ&ゴーを繰り返して、不十分なままであった。さらに、当時消費税を上げた。これも間違いであったと強調する。
・政策を間違えて、日本はデフレを定着させてしまった。同じことを欧米もやっており、日本を批判するどころではなくなったというのが、クルーグマン氏の見方である。米国は欧州よりはずっとよいが、日本を批判したバーナンキ氏もFRB議長になってからは脱デフレの政策に苦労した。それでも事態を改善する方向にもっていった。米国は財政政策をもっと拡大すべきであったが、議会を動かすことはできなかった。欧州は深刻である。財政を拡大すべきなのに、それができていない。財政政策でも金融政策でも、これまでにちぐはぐな動きを見せている。
・日本の教訓は2つあるという。1つは、人口動態の変化であり、労働者が減少するような経済では、そのままでは投資をする必要がなくなる。これが欧州でも起きている。欧州では2009年から労働人口が減り始めている。米国は出生率が高く、移民も入っているので状況はよい。2つ目は、経済のイノベーションである。米国は頑張っているが、イノベーションを示す全要素生産性の勾配はやや緩やかになっている。テクノロジーは進歩しているが、空飛ぶ自動車のような画期的なものはまだ十分でないという。
・新興国について、クルーグマン氏は3~4年前と違って伸びるとみている。但し、中国については懸念している。中国はマクロ経済のバランスがとれていない。国内消費の弱さを、投資と貿易黒字で埋めてきた。投資と貿易だけではもたない。中国は1980年代後半の日本のような状態で、いずれ調整が深刻になるとみている。
・そこで、もう1つのイノベーションに期待したいと強調する。それは政策のイノベーションである。従来の伝統的考え方に捉われた不適切な政策から脱却することである。均衡予算に捉われるな、二桁インフレを心配するな、と強調する。
・この命題に対して、今、日本だけが挑戦している。アベノミクスはその試みであると、クルーグマン氏は評価している。インフレ率の目標2%はもっと高い方がよいとまでいう。黒田日銀総裁はサクセスフルにやっている。消費税は上げるべきでないのに、1回目は上げてしまった。2回目は間違ってもやるべきでないと進言した。デフレ脱却には、型破りな政策が必要であり、政策のイノベーションに期待している。かつての「日本化」を打破するのは今の日本である、という指摘は興味深かった。