社会的な価値創造に向けて
・持続的な企業価値創造を、どのように実践していくのか。まずは今期の業績を、次は中期計画の業績目標を、というだけでは全く不十分である。しかし、当面の業績を達成するだけでも音を上げそうなのに、それ以上を求められても無理筋である、という企業もあろう。
・でも、環境価値を考えずに経営している企業は社会から批判されよう。人権や働き方を尊重しない企業には人が集まらないであろう。経営陣が目先の経営に四苦八苦しているようでは、まともな社外取締役は就任を断るであろう。
・エーザイの価値創造レポートに関する報告会を視聴した。社会的価値の評価をどう捉えるのか。エーザイは社会善の実践を目指している。その実践を図る上で、マテリアリティを2つの軸から特定している。
・1つは、エーザイの本源的企業価値で、ここには財務的価値に加えて、社会的インパクトを含めている。もう1つは、ステークホールダーにとっての関心で、投資家だけでなく、もっと広く捉えている。
・100万株以上の株式を3年以上保有する投資家を長期投資家と位置付けて、直接意見交換を行っている。患者とその家族、働く社員の意見も十分考慮する。
・社会善の評価では、社会的インパクトの算出に力を入れている。これらのKPIとPBRとの強度を重視している。マテリアリティとして、認知症、ガン、グローバルヘルス、人財、財務の5つを取り上げた。
・認知症の新薬では、米国で2030年に1.8兆円の価値創造(社会的インパクト)を目指し、そのうち6割は米国社会に還元し、4割を当社製品の売上として計上する、とシミュレーションしている。また、認知症のプラットフォームをエコシステムとして構築し、データおよびソリューションを提供するサービスも実現していく。
・非財務資本の見える化を、社会的インパクトとして算出している。1)認知症の領域で2030年度1.8兆円(LEQEMBI、米国)、2)リンパ系フィラリアの薬DEC錠の無償提供で同2800億円、3)従業員インパクト会計で、人材投資効率87%とした。
・人財投資効率とは、従業員に対する賃金のうち、社会にもたらす価値の割合を示しており、グローバルな数値と比較しても十分高い。こうした社会的価値が見える化されるにつれて、企業価値への反映も高まってこよう。結果として、表面的なPBRもさらに上がってくるはずである。
・日清食品HDはどうか。JICAPのカンファレンスで話を聞いた。この16年で、売上高2倍、営業利益3倍と成長を遂げ、時価総額も1.2兆円を超えてきた。グループのCSV経営は成果を上げている。“EARTH FOOD CREATOR(食文化創造集団)”として、環境・社会課題を解決しながら、持続的成長を果たすことをビジョンとしている。
・この価値創造プロセスを、3つの視点から分析しており、大変興味深い。第1は俯瞰型分析で、ESG指標とPBRの直接的相関を分析した。ESGのPKIを1%改善すると、何年後に何%PBRが向上するかを示した。
・2022年のデータによると、研究開発費は4年後で+0.7%、女性の育児短時間勤務は1年後に+0.6%、水使用量は5年後に+3.2%、プラスチック使用量は4年後に+1.2%、CO2排出量は9年後に+0.8%などとなった。
・ESG活動は、企業価値向上に正の相関があることを確認した。一方、課題は、ESG指標同士の分析は扱えないところにある。
・第2は価値関連性分析で、ESGのアクションの直接的な効果、非財務との関係性を繋げて、EPSの成長とPERの増大に結び付けていく。
・例えば、グリーンフード化は、エネルギー投入量の削減⇒CO2排出量の削減⇒オウンドメディアでの発信機会の増加⇒地域社会や消費者の信頼度向上⇒売上の増大⇒EPSの成長とPERの向上、というフローで見ていく。
・あるいは、社員の多様化⇒社員の活躍⇒残業時間の削減⇒従業員エンゲージメントの向上⇒定着率の向上⇒知的資本の拡充⇒EPSの向上、というルートもある。この分析では、ESG指標と企業価値の関係性だけでなく、ESG指標同士のつながりも可視化できる、と横山常務(CSO)は強調した。
・第3はVAT(Value Tree Analytics)分析で、人材に関する施策と従業員エンゲージメント要素の相関を分析する。人的資本に関する課題を、人材マネジメントプロセスに基づいて整理し、それにつながる施策が効果を上げているか、について相関を検証した。
・例えば、女性活躍に対する女性管理職の登用は、従業員エンゲージメント要素(働き甲斐、働き易さ、上司、部署環境、会社環境、成長実感、総合平均)につながっているか。これが、PBRに効いているか。あるいは、定着率の向上⇒知的資本の拡充を通して、コアEPSやインプライドPERに反映されていくか、をみている。
・今のところ優先度を評価できる段階ではないというが、日清食品のこうした試みは素晴らしい。豊富な自社データを活かして、多様な分析を試みている。こうした分析から、次に打つ手がはっきり見えてきそうである。
・それが企業価値向上に貢献してこよう。しかも、定量的に共有できることは、価値評価に向上に直接的にプラスとなろう。先進企業の実践に大いに期待したい。