バイアスに気をつけて~決め方を見直す

2022/03/22

・人がものごとを決める時、誰もが正しく的確に判断したいと思う。ところが後で考えると、そうでもなかったと後悔することも多い。自分だけのことならまだしも、社会的責任を負うような内容であるとすると、コトは重大である。

・ダニエル・カーネマン(2002年ノーベル経済学賞)の「NOISE」(ノイズ)と、10年前に出た「Thinking Fast and Slow」(ファスト&スロー)を読んでみた。カーネマンについては、筆者の学生時代から知っていた。その論文を読んで、実験し、新しいモデルについて考えたこともあった。認知科学が行動経済学に入ってくる局面であった。

・行動経済学の知見はすでに広く知られ、活用もされているが、改めて株式投資をイメージしながら、いくつかの論点を取り上げてみたい。

・ものごとの判断にエラー(過誤)はつきものである。カーネマンはこのエラーを、バイアス(系統的な偏り)とノイズ(不規則なバラツキ)に分ける。例えば、医療診断において違いが出た時に、それはバイアスなのかノイズなのか。

・バイアスとは、何らかの一貫性のあるシステマティックな偏りであり、ノイズはよく分からないランダムなバラツキといえる。カーネマンは、これまでバイアスばかり問題にされてきたが、ノイズの中身もよくみることが重要である、と指摘する。

・判断の質を高めるには、バイアスもノイズも減らす必要がある。どうやるのか。まずは、バイアスについてよく知る必要がある。次に、バイアスとノイズを分けて、ノイズを単に偶然でランダムなものとみるのではなく、その性質をさらに突き詰めていく。

・判断におけるノイズを、エラーの誤差としてどのように測るのか。ガウスの平均2乗誤差(MSE:Mean Squared Error)を用いる。判断すべき事象のすべての誤差をMSEとすると、MSEの2乗=バイアスの2乗+ノイズの2乗となる。

・これはピタゴラスの定理(直角三角形の直角を挟む2辺の長さをa、bとすると、対角線の長さcは、a2+b2=c2)に当てはめると、(MSEのエラー)=(バイアスのエラー) +(ノイズのエラー)となるので理解しやすい。

・全体のエラーMSEのうち、バイアスが大きいのか、ノイズが大きいのかは、その事案の内容に依存する。ここでは、まずバイアスにフォーカスして、ノイズについては次回取り上げることにしたい。

・今問われているのは、正確な判断である。カーネマンは、判断とは「人間の知性がものさしとなるような計測」であると定義する。何らかの判断を平均値と標準偏差でみれば、平均値からの傾向的なズレが「システムバイアス」であり、平均からのバラツキが「システムノイズ」ということになる。

・従来、人は理性的か感情的か、という分け方でみられることが多かった。理性的=合理的という側面と、合理的ではなく感情的=衝動的という側面は、誰もが持ち合わせている。

・しかし、カーネマンは判断や選択という意思決定にあたって、普通の人に、系統的なエラー(システムエラー)が入り込みやすいという点に直目した。これは感情ではなく、人間の認知装置の設計に起因するもっと本質的な要素であると考えた。

・人間の直観は時として素晴らしい。しかし、直観に頼ると思いがけないエラーが生じる。本当は間違っているのに、妙に自信たっぷりな態度を見せることがある。自分の記憶からすぐに呼び出せる情報に頼って判断している。

・直観的思考がとる単純化された近道を、ヒューリスティックなバイアスと称して、それが20種類もあると分析した。直観的な思い込みによる利用可能性ヒューリスティックは、その1つである。

・時に、ヒューリスティックは重大なシステムエラーにつながる。熟考や論理的思考を飛ばしてしまい、好きか嫌いかだけで判断するような感情ヒューリスティックもよくある。

・同じ自分の中に、「現在を経験する自己」と「過去を記憶する自己」がいる。過去の記憶には心地よいことしか残っていないかもしれない。しかし、時間的要素を入れておかないと、誤った記憶に頼ることになる。

・人は2つの判断機能を持っている、というのがカーネマンの見方である。システム1は、自動的な行動で、無意識に連想的な記憶に頼る。気まぐれの判断をもたらすこともある。

・システム2は、統計的な思考も含めてよく考え、制御された行動をもたらす。これには努力を要するが、とかく人間の脳は怠けものなので、この経路を使わないこともある。

・「ファスト&スロー」では、システム1の素早い判断をファスト、システム2の熟考した判断をスローとよんでいる。システム1は様々なバイアスをもたらすので、かなり注意を要する。

・知っていることや思い込んでいることで、勝手にストーリーを作り、妙に自信を持つことがある。その自信が過大評価につながる。一方で、単なる偶然を過小評価したりする。問題を狭いフレーム(枠組み)で個別に捉え、本質的でないことを重視するフレーミング効果もよくある。

・こうしたバイアスを避けるには、どうすればよいのか。記憶の錯覚に陥らないようにする。連想だけに囚われないようにする。先行的な刺激(プライム)に惑わされないようにする。とかく人は思考において怠けもの、つまり楽なシステム1に頼るので、そうではない知的努力を果たすことである。

・専門家といわれる人は、その分野においてスキルを磨き、蓄積された情報(記憶)も豊富なはずであるが、それでもエラーが生じる。

・直観は磨くことができるが、限界もある。論理的思考に基づくといっても、判断基準のレベル合わせは容易でない。因果関係のストーリーに、確認バイアスやハロー効果が入ってきやすい。少数の事例を、いかにも代表的であるように思い込んでしまいがちである。

・カーネマンは、直観を制御せよと説く。結果を見て、後知恵でわかったつもりにならないことである。例えば、プロセスをとばして、エンディングだけにとらわれてしまう。分母を無視して、滅多に起こらないことを過大評価してしまう。利益は得たい反面、損失を回避したいと強く思い、行動せずに現状維持にしがみつく。こうしたバイアスがいろいろありそうだ。

・筆者の場合、直感を磨くことは大事であると考えている。そのためには、投資において数多くの判断を行なって、場数を踏む。その場合、1つ1つを熟考して、時間をかけて行う。その後の結果についてフィードバックして、反省しつつ事例を貯めていく。

・常に心掛けていることはすぐにアクションはとらない。よく考えて、様々なケースを想定して、判断することにしている。それでも、何らかのバイアスに引かかってしまったと思うことが少なくない。

・熟考する仕組みが必要である。それが投資家としてやアナリストとしてのビジネスモデル(価値創造の仕組み)である。くれぐれも気まぐれにならず、同時に、怠けものにもならないようにしたい。

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