ステークホルダー主義とは何か~株主第一からのシフト
・2020年11月号の証券アナリストジャーナルで「脱株式第一主義の行方」が特集された。1)株主第一主義で何が悪いのか、2)ステークホルダー主義では何を優先するのか、3)株主第一からステークホルダー主義への転換はどこまで進むのか。4)日本はどういうポジションにいるのか。こうした論点について議論がなされた。投資家の視点からみた時、どのように考えればよいか、いくつか吟味したい。
・まず自分のスタンスを定めておく必要がある。まだ現役で働いており、株式投資は将来に向けて少しずつやっていけるだけである。もう引退しており、年金を生活のベースにしている。株式投資は少額だけで、比較的短期に運用して儲けることを実践している。金融のプロとして、中長期の観点から生活者の金融コンサルに従事している。関わり方は多様であろう。
・働き方もさまざまである。多くの人は民間の株式会社で働いている。日本でみれば250万社の中堅中小企業があるが、日本経済を動かしている有力な勢力として上場企業(3800社)はコアである。
・筆者は、何よりも雇用を増やす会社がいい会社であるとみている。人々にとって働く場があるというのはありがたい。次に働き方が問われる。企業にとっては、生産性を上げないと賃金を上げることはできない。企業に大いに貢献している社員には十分むくいる必要がある。そうでないと優秀な人材が会社から去ってしまう。
・株式会社は株主のものである。よって、株主の利益が最も大事であるから、まずは利益を上げて株価も上げてくれ、というのが1つの見方である。会社が活動する中で、社員ががんばり、取引先が協力し、顧客がなじみとなり、地域社会に根付くのがよい。経営者は皆にいい顔をしたい。
・一方歴史をみると、利益を上げるために、社員を虐げ、取引先をいじめ、顧客を騙し、地域の環境を悪化させてきた企業もあった。しかし、そんな企業が長続きするはずがない。では、悪意がなく善意で経営にあたるとしても、ステークホルダー間の折り合いはどうつけていくのか。
・株主第一主義といっても、2つの見方がある。1つは、株主の利益のために、他のステークホルダーの利益は二の次でよい。合理的に行動して、利益の極大化を目指す。もう1つは、株主の利益が最終目的であるが、そのためには他のステークホルダーに十分配慮して、協力を得ていく必要がある。後者の方が望ましい。
・株主の利益とは何か。会社が利益を上げて、株価が上がり、配当が増えることだけでよいのか。短期の利益を極大化すればよいのか。株式を中長期に保有する投資家にとっては、企業にも長く安定した経営を実践して、一定の利益、成長を着実に実現していってほしい。ここも立場によって意見が分かれる。
・創業者が大株主である場合は、事業を長期的に発展させるために、ステークホルダーを大事にするのは当然である。一方で、経営が苦境に陥ると、社員のリストラを行うのも常である。社員は、別の雇用機会があればさっさと移った方がよいが、地域や家族の制約もあって、そうはいかない。
・創業者でない経営者がマネジメントする場合は、自分の任期を見据えて、その期間のパフォーマンスを上げようとする。その場合、経営者はどうやって選ばれるのか。成果が上がればずっと続けられるのか。成果が上がらない時は、誰が交代を告げるのか。成果に対する報酬はどのように決まっているのか。それは、成果に見合っているのか。株主にはきちんと開示されているのか。これらの点が近年大きく問われ、改善が進んでいる。
・パフォーマンスはどのように測るのか。短期的な財務上の利益だけでなく、中長期の非財務上のKPIも重視されるようになっている。企業の経済的価値と、社会への貢献である社会的価値の両立を図るように、その領域の拡大を目指すことが必須である。
・ステークホルダーとの協働で新しい価値を創っていく。中長期の価値創造となるので、短期的に成果がでにくいことにも、粘り強く取り組んでいくことが求められる。将来収益がまだ不確定なのに、現価価値に割り戻すことは難しい。今の評価方法がゲームのルールに合っているとはいえない面も目立つ。
・株主が中長期のリターンを継続的に得ていくには、中長期の企業価値創造にトップマネジメントが主体的に取り組んでもらう必要がある。そのための会社の仕組み作りがESG経営である。「会社は誰のもの」ではなく、「会社は誰のために」をもう一度問い直す必要がある。ステークホルダーの協力は不可欠であり、どんな価値を生み出していくのかを再定義してほしい。
・思いやビジョン、経営理念や行動規範をどのように価値創造の仕組み、つまりビジネスモデルとして構築していくのか。それをやり遂げるための戦略を立案し、実行しないと有能なマネジメントとはみなされない。
・レベッカ・ヘンダーソン教授(ハーバード大学)は、「資本主義の再構築(Reimaging Capitalism)」という著書の中で、1)自分が働く企業では、サステナビリティ(持続可能性)とインクルージョン(包摂性)を受け入れて、実践しているか、2)自社のパーパス(存在意義)をコミットしているか、と問うている。そして、3)共通価値の追求を通して、すべてのステークホルダー(利害関係者)に恩恵をもたらすべし、と提言する。
・企業価値を、株主価値と同義語で捉えるのではなく、ステークホルダーも共有する共通価値とする。ここで大事なことは、共通価値の極大化という目標に意味があるのか。なぜなら、価値は経済的価値だけでなく社会価値(社会貢献価値)も含んでいる。
・とすると、時間軸は中長期になる。サステナブルでインクルーシブな価値を追求するとなると、最大化というよりは、一定の満足度を想定する方が望ましいかもしれない。定性的なKPI、定量的なKPIを設定する点においても、自分たちで妥当な水準を定めた方がよい。
・ヘンダーソン教授は、共有価値を取り入れることは、アーキテクチュラル・イノベーションであると定義する。価値創造のシステムのコンポーネンツを変えるのではなく、システムのアーキテクチャー(コンポーネンツの構成)を根本から見直して作り変えていくことであると強調する。
・価値創造の仕組みがビジネスモデルであるから、新しい理念、ビジョン、パーパス(存在意義)をベースに、今のビジネスモデル(BM1)を、革新的なビジネスモデル(BM2)へ作り替えていく。さらに、このBM2を多層的にみていく。1)経営理念、パーパス、ビジョンの構築と浸透、2)ESGの構築と実践、3)経営力、イノベーション、リスクマネジメントなどの評価軸が想定される。
・ハーバードビジネスレビューの1月号は、「ESG経営の実践」を特集している。まずは取締役会が短期の価値を重視していないかという点を見直して、サステナビリティ経営の結び付くESGを持ち込むべし、と提言する(R,エクルス教授他)。
・では、ESGをどう作り込むのか。それには、通常の戦略と同じように、競争優位を築くESG戦略を選択すべしと提案する(J,セラフェイム教授)。つまり自社の仕組みに、真似ができない要素を作り込んでいく。
・ESG経営のパフォーマンスはどう評価するのか。社内での定性的、定量的評価もさることながら、KPIを定めてそれを開示していくことが重要になる。ステークホルダーからは、さまざまな要求があって、煩雑になりそうであるが、要求に応えるだけではなく、自らの主張を開示していくことが、対話のレベルアップに結び付こう。エーザイの柳CFOはこれを実践している。
・では、日本企業にとっては何が課題なのか。もともと、ステークホルダー資本主義をとっており、株主第一主義は米国の弊害であったという見方も有力である。今や、SDGsの目標に掲げ、ESG経営を行うことが建前のようになりつつある。でも、本当に魂が入っているか。これまでのように、形だけフォローになってはならない。
・これらを踏まえて、筆者は次のように考える。この20年、日本企業の財務パフォーマンスは低すぎた。これを上げるには、もっと株主を大事にしてほしいと10年前から願った。目先の利益ではない。中長期の利益をもっとあげるべきである。それができないということはマネジメントの経営力が低いので、交代してもらう必要がある。
・伊藤レポートのROE 8%も、米国の株主第一主義を見習えといったものではない。もっとまともな経営に戻ってほしいというシグナルであった。
・では、ステークホルダー資本主義で、日本の時代がくるか。先進的な企業はいくつも出ているが、大半の日本企業は全く不十分である。日本のCG(コーポレートガバナンス)改革、SS(スチュワードシップ)改革に歩調を合わせるだけではなく、自社の個性をもっと発揮するようにビジネスモデルを作りかえるべきである。
・ポストコロナの経営は、ここが勝負となる。2021年の世界経済も楽観はできない。サステナブル経営は生き残ればよいというレベルではなく、独自の輝きをみせるような発信を投資家に行ってほしい。