なぜリスクがとれないか~先をいかに読むか
・将来は誰にもわからない。尤もらしく予想しても、占い師の如く信じる者は救われる、というレベルに留まるかもしれない。
・将来は誰にもわからない。尤もらしく予想しても、占い師の如く信じる者は救われる、というレベルに留まるかもしれない。
・企業経営者も将来を予想する。変化の方向を見定め、メガトレンドを見据えて、自社の強みに磨きをかけようとする。その上で、リスクをとって勝負に出る。その勝負に勝算はあるはずだが、見込み通りにならないことも多い。
・本人は先を読んだと思っても、外れてしまう。自社の強みを活かすはずであったが、他社がもっとすばやく別の手を打ってきて、強みが発揮できないこともある。
・リスクを取らなければリターンはない。当然マイナスのリターンに終わることもある。成功する経営者と、そうでない経営者は何が違うのか。筆者の長年の観察では、経営者によって見えている世界が異なっているようだ。これを外部からみると、先が読める経営者、読めなかった経営者となって、はっきり差がついてくる。
・日本取締役協会から出された中神レポートの第2弾、「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート2」(2020年6月)の中で、もっとリスクをとって“稼ぐ力”を再興するにはどうすればよいか、について提言している。その論点は、投資家が企業を見る目を養うことにも通じるので、いくつか取り上げてみたい。
・日本企業の資本生産性は欧米亜に比べて低い。株価も長らく低迷している。主因は、稼ぐ力、すなわち利益率が低いことにある。なぜそうなのか。レポートでは、①リスクテイクの水準が低い、②取ったリスクに見合うリターンがあげられていない、という2点を指摘する。
・分析されたデータを見ると、①ROAのバラツキ(リスクテイク度)が低く、②ROAの水準も低い、という結果が示されている。実際、世界20か国以上のデータを各産業別に比較して、日本のデータは ①ROAのバラつき、②ROAの水準の2軸において、最下方のレベルにある。
・どうして、①しかるべきリスクがとれないのか。どうして、②取ったリスクを高い確率でリターンに結びつけられないのか。できていないのだから、世界的にみて日本企業は経営がうまくないと言われそうだが、不満は残る。
・リスクは恐い。重要な決定は慎重に先延ばししたい。できれば勝負はしたくない。会社を潰すわけにはいかない。最後は目をつぶってやってみるしかない。となれば、それはもはやまともな経営ではない。実際はそんなにひどくなく、立派な経営者も大勢いる。しかし、満足できる状況にはかなり遠い。
・新型コロナショックへの対応で、経営者はますます自らの地位保全を優先してしまうのであろうか。今は緊急事態である。とりあえず活動を止めて、ショックを乗り切るしかない。いずれ元に戻ったらそこから再出発である。という方針では、ますます遅れをとってしまう。
・中神レポートによると、リスクをとらない経営は、オーナー型や大株主型よりも、サラリーマン共和制の大組織に起こりやすいという。一方で、日本にもリスクをとりつつ高パフォーマスをあげている企業はある。よって、どうすればよいのかの解は既に出ている、と分析する。
・VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代にあって、巧みなリスクテイクで、しかるべきリターンを上げていくには、1)CEOに裁量と権限を集中させ、2) その権限を制御するシステムも同時に内在化させるべし、と提言する。
・これは、オーナー型の経営で成果を上げているパターンである。サラリーマン共和制をやめて、経営トップが、組織の中から選ばれたにせよ、外から迎えられたにせよ、リーダーシップを発揮しやすい仕組みにする。
・同時に、ワンマンになって暴走し、独裁に対して周りが忖度する弊害が出ないように、ガバナンスを十分効かせる必要がある。うまくいっている例としては、花王、資生堂、コマツなどが挙げられよう。
・では、CEOが取締役会に諮る重要な意思決定事項とは何か。中神レポートでは、6つの議案に絞っている。①中期経営計画などの経営計画、②大規模なM&A、③撤退を含む事業ポートフォリオの再構築、④大規模な投資(設備投資、研究開発投資、IT投資など)、⑤資本政策、BS(バランスシート)の最適化、株主還元、⑥意思決定プロセスとガバナンス機構の設計である。それぞれに課題がある。
① 中期計画はどのようなプロセスで作られたのか。特定の人や部署が形を整えただけでは本物でない。目標が高すぎては実現性がない。低すぎてはそもそも目標といえない。上場企業は中期計画を公表するが、ほとんどの場合達成されない。その責任はとられているのか。
② 大規模なM&Aが行われるようになってきた。しかし、M&Aも上手くいかない場合が多い。戦略上、十分練られた案件であったのか。単なる出物に飛びついただけではないか。買収後、その会社をしっかりマネージできるのか。PMI(買収後の統合)でつまずくことも多い。
③ 新規事業への進出、主力事業への安易な継続投資、停滞事業のリストラ、衰退事業からの撤退など、事業ポートフォリオの見直しにおいて、取り敢えず現状維持で大きな変化を求めないことも多い。
④ 設備投資、IT投資など、抜本的な手を打つには構想力と実行力が問われる。小口の追加投資で当面の課題をやり繰りすればよい、というつぎはぎ投資で済まそうとすることもよくある。研究開発投資はメリハリがなく、継続するのはよいが、業績は低下すると一律に縮小ということが発生する。基礎的な研究はやめて、すぐビジネスになる改良案件に集中することも多い。
⑤ BS(バランスシート)の最適化では、現金の過大な貯め込みや、公募増資による借入金の返済が批判の的となる。株主還元では、十分な説明がないまま安定配当を強調することもよくある。
⑥ そもそもCEOに十分な能力があるのか。ガバナンスの仕組みに、それをチェックする機能が組み込まれているか。この点も昨今の重要テーマである。
・以上、アナリストとしてよく体験してきたことを列挙したが、このような疑問に対して、経営者からは軽く論破してほしいと思っている。
・投資家が心配し疑問に思うことは十分考慮した上で、それを超えるレベルで先を読んで意思決定している、と説明してほしい。それが本物のアカウンタビリティ(説明責任)である。
・上記の6点は、企業価値向上に向けて、投資家が知りたい重点項目である。すべてを詳らかにする必要はない。開示の内容とタイミングは適切に判断してかまわないが、知りたい項目について的確な対話(エンゲージメント)は実行してほしい。
・それができる企業、マネジメントは、実は中身も優れている。外部からはすぐに判ってしまうということを、IRに関わる関係者にはぜひ理解していただきたい。