IR部門で働く時のコツ
・統合報告書は、会社が用意するベーシックレポートである。わが社の企業価値創造を統合的に語っているはずである。統合されていなくても、個別の開示情報はホームページにいけば山のようにある。
・ならばそれらの情報を利用すれば十分であって、アナリストの出番は減っていくという見方もある。しかし、そうではない。種々の情報をどう企業価値評価に活かしていくか。そこに独自の代案を出していくのがアナリストである。
・機関投資家は自らその活動を行い、バイサイドアナリストはそれをサポートする。会社は目指す方向を提案して、それに向かってつき進んでいくが、上手くいくかどうかは分からない。投資判断に当たっては、いくつかの代案があると論点が明確になる。
・リスクが読めるような場面もあれば、リスクが不確定ではっきりしないこともある。財務数値に織り込めることもあれば、織り込めないこともある。誰もが同じではなく、分析者によって、異なる見通しが出てくるのが普通である。
・とすると、投資家はまず自らの分析を行ったうえで、アナリストの意見も聴きたくなる。正、反、合とすれば、深い分析レポートに基づくアナリスト3人の意見が少なくとも欲しくなろう。
・マーケットでは、アナリストがカバーしていない会社の方が、潜在的企業価値が株価に織り込まれていないので、αを見出す可能性が高いという見方がある。とすれば、中小型株のカバレッジは上がってくるはずである。上場企業にとっては、どの会社のおいても、自社をフォローするセルサイドアナリストが3人は欲しいはずである。
・しかし、今のマーケットの状況はゲームのルールとして、それがビジネスとしては成り立たない。アナリストが企業価値について深い分析を行っていないから、ビジネスにならないという意見も有力である。そもそも多くのアナリストに深い分析を期待することに無理があり、それだけの力量が十分鍛えられていないという見方も成り立つ。
・ここで大事なことは、現状から物事の成否を判断しないことである。資本市場は厚みのあるマーケットとして多様な投資判断を競う場であり、そのための機能を充実させる方向で、あるべき姿の議論を進めた方がよい。つまり、資産運用業界の価値創造の仕組みをあるべき姿に向けて展開するために、その戦略を実行していくことが必須である。
・アクティブ運用は敗者のゲームなのか。αを出している運用機関は例外なのだろうか。運用機関はアクティブファンドマネジャーをもっと育てていく必要がある。中長期の企業価値創造を見抜く力を一層養い、それをポートフォリオ運用に活かしていけば大いにチャンスはある。
・ベーシックレポートをきちんと書ける若手アナリストを育てることは、さほど難しくない。すでにやり方は分かっており、3年間で10~15本ほど書けば中級レベルに上げる事はできる。今のアナリストはそのくらいの素養は皆持っている。
・何が課題なのか。それはゲームのルールの再構築である。企業は中長期の企業価値創造に邁進する。アナリストはそれを評価するベーシックレポートを量産する。ファンドマネジャーは自ら中長期の企業価値評価を行うべく、バイサイドアナリストと協働したうえで、セルサイドと議論し、企業とエンゲージメントして、さらにアクティブな提言もしていく。
・この下地は、SCC(スチュワードシップコード)、CGC(コーポレートガバナンスコード)、伊藤レポートV1、V2、日本版統合報告書の作成などを通して、ここ数年でかなりできてきている。では、何がカギを握るか。
・ここからは証券会社のトップマネジメント、運用会社のトップマネジメントが一流の人材を育て、それを活用するという新しいビジネスモデルへの転換を実践することである。3年という時間と一定の先行投資を要する。やれば成果が上がることはほぼみえているので、ぜひ大がかりに挑戦してほしい。
・新しいIRは、こうした機関投資家業界、アナリスト業界の変革をサポートするように活動することであろう。中長期の企業価値創造に投資しようという投資家と、その分析をベーシックレポートで実践するアナリストを優遇することである。
・優遇といっても、特別なことではない。限られた時間の中で、意義のある議論をするという点で、ベーシックレポートに挑戦するアナリストに時間をとってほしい。また、そのアウトプットについては、改めて議論の場を設けて、次のレベルアップに向けて切磋琢磨してほしい。
・投資家やアナリストの意見や提言をマネジメントにフィードバックすることで、これがポジティブに働けば、IR担当者としての役割は一段と高まろう。
・若い人にとっては、IR部門は将来に結びつく有力な部署であり、CEO やCFOにとっては、自らの仕事の根幹の1つである。同時に、ファンドマネジャー経験者やアナリスト経験者をプロとして、IR部門に入れて機能強化を図ることも有効であろう。
・IR部門に配属された若い人々とは、いつもこんな会話をしている。会社の本質を知るまたとない機会である。自分の会社のことは知っているようで知らない。わが社の企業価値創造とは何か。話せるようで話せない。ここを借り物のことばではなく、自分のことばで話せるようにすることが本物のIR担当者である。
・同時に、CEOやCFOの分身であるから、そのつもりでエンゲージメントしてほしい。かなり無理な注文であるが、そのくらいの気概を持つと仕事が面白くなると話す。そして、ある人は営業に、ある人は工場に、ある人は海外へ、キャリアディベロップメントしていく。
・その時IRにいたということは、限りなく長持ちする情報を得たはずである。わが社の企業価値に関する長持ちする情報である。これを腹に入れてビジネスを実行すれば、将来を嘱望される人材に飛躍できよう。
・実は、アナリストや投資家もこの長持ちする情報をしっかりと腹に入れたいのである。投資価値を判断する時のブレない軸が、ここで形成されるからである。若い新しいアナリストが大いに育ってくれることを期待したい。それを見届けるためにも、現役のアナリストとして、リサーチと中長期のインベストメントは引き続き継続したいと思う。