収益性と生産性を結び付けて
・PBR=ROE×PERという関係式は、よく知られるようになった。経営者は、資本コストと株価に責任を持て、といわれて、かなり意識も変わってきた。
・株主資本コストとは、株主が要求する期待リターンである。株式投資に対するリターンとして、このくらいは欲しいという水準である。金利+リスクプレミアムとして定義されるが、その数値は一義的には決まらず、過去のデータから決まるものでもない。それにしても5~10%程度はほしいであろう。
・株価に責任を持て、といわれても困るという経営者は多い。しかし、株価に責任を持つというのは当然で、経営トップの株式報酬を(自社の株価-TOPIX)のα(アルファ)で決めるという大企業も増えている。
・TOPIXには、株式市場を取り巻く社会経済の変動要因がすべて反映されている。それは、経営環境として重要であり、十分考慮すべきである。しかし、自社の株価のパフォーマンスに組み込むのは、やりすぎではないかという見方もあろう。
・自社でマネージできない変動要因にまで責任を持てというのか。確かに一理あろう。しかし、経営の成果には、結果責任がついてくる。その意味では、αをパフォーマンスの評価指標にするというのは重要である。
・多くの中小型企業にとっては、いきなりαというのは酷なので、業績をベースにするのが妥当であろう。つまり、中長期の株価は業績を必ず反映する。よって、業績に責任を持つというのが、株価を意識した経営の1つの軸である。
・この業績もマクロ的な経済環境の変化によって揺れる。それが、プラスとなる局面、マイナスとなる局面があろう。これも結果責任に織り込まれて当然である。
・昨今、ROEの改善に手を打って、ROEを上げても、それに見合ってPERが下がってしまい、PBRが向上しない企業がよくみられる。これは、目先の収益性、資本生産性は改善させたが、中長期の成長性を高める戦略となっていない。そのようにマーケットで評価されてしまっている。
・収益性と生産性の結びつきは、どのように考えればよいのか。まずROEとROICの関係をみておく。ROE=r(利益)/E(自己資本)=r/IC(投下資本)×IC/E=ROIC×IC/Eとなる。まずは、Eを活用して、ICを的確にコントロールすることである。
・ROIC=r/IC=A(付加価値)/IC×r/Aとなる。ROICは、投下資本付加価値率(A/IC)と付加価値利益率(r/A)に分けられる。投下資本がどのくらいの付加価値を生んでいるか。付加価値のうち、利益にどのくらいまわっているか。この2つに分けてみることができる。
・付加価値(A)=営業利益+減価償却+のれん償却+支払金利+人件費で計算され、その会社が事業(本業)を通して生み出した新たな価値である。
・Aには、人件費が入ってくる。人件費は社員に支払った費用ではあるが、会社が生み出した価値に対する対価として支出されるものである。しかし、仕入れに対する費用と違って、社員は人材(人財)であり、会社に帰属して企業価値を生み出す原動力となっている。その意味では単なる費用ではない。
・生産性は、何によって測るのか。従業員数1人当たりにすると、1人当たり労働生産性=A(付加価値)/n(従業員数)となる。
・これは、生産性=A/L(人件費)×L/nとなり、人的資本生産性とみることができる。
・また、生産性=A/IC×IC/nとすると、これは投下資本生産性となる。
・さらに、デジタル資本にフォーカスすると、生産性=A/DC(デジタル資本)×DC/nとして、これはデジタル資本生産性を示す。
・人的資本生産性は、人件費を投下資本と見立てて、生産性を測る。投下資本生産性は設備投資をベースに生産性を測る。さらに、これからはAIとDXを軸としたデジタル資本生産性が問われることになろう。
・生産性は、投資に対して生み出される付加価値と、1人当たりに対する投資(労働装備率)に分けて測ることができる。人件費は単なる費用ではなく、人材に対する投資の額とみることができる。
・もし、人材投資をB/Sに載せようとするなら、1人の人材に対する平均雇用年数を考慮して、例えば10年分の総雇用費用を人的資産と見なしてB/Sに資産計上して、それを10年で償却していく。その1年分がP/Lの人件費償却額として計上される。設備の減価償却と同じような意味合いである。
・人材の能力(タレント)を、そのように評価するのも1つの方策であろう。実際、プロの選手やプロのアーティストを会社として契約するなら、その10年分の契約額は何らかの形でB/Sの資産と負債に計上されるはずである。
・企業は、新しい価値創造の仕組み(ビジネスモデル)を強化して、そこから付加価値を生み出していく。そこに必ず投資が必要である。投資は先行する。それがいずれ実を結んでくるはずである。
・付加価値(A)の中身をみると、人材投資を先行すれば、まず人件費が増える。設備投資やM&Aを先行すれば、償却が増える。そして、その投資がうまくいけば、付加価値が増加し、つれて営業利益が増えてくるという流れになる。
・人的資本投資の要は人件費にあるが、会社の総人件費は有報から一律に知ることはできない。ぜひ総人件費の開示を導入してほしい。
・かつて、筆者が自動車アナリストの頃、日本の有報、米国、ドイツのアニュアルレポートで、人件費(レイバーコスト)を知ることができた。これによって、付加価値を測り、生産性の国際比較をした。その分析がフォードやフォルクスワーゲンの経営陣と議論する時に大いに役立った。
・ROICと人的資本投資の結びつきを計測し、生産性の分析を通して、競争力の比較をしたい。そのためにも人材投資の中身を大いに注目したい。
