吉川レポート(2019年2月)世界経済「軟着陸」のための3つの条件

 

 

吉川レポート(2019年2月)世界経済「軟着陸」のための3つの条件

【ポイント1】2019年の世界経済は「軟着陸」が可能

足元では主要国の製造業の企業心理が大幅に低下

■2018年末から2019年初にかけて、主要国の製造業に関する経済指標が悪化しました。特に2018年12月に関しては主要国の多くで製造業の企業心理が大幅に低下しました。米中の関税引き上げを前にした駆け込み生産・輸入の一巡や中国の消費下振れ、政治リスクが継続する中での生産・設備投資の一時見合わせ、などが背景と考えられます。

■ただ、年央から年後半に世界経済は安定を取り戻す見通しで、弊社は2019年の世界経済の実質GDP成長率を3.7%と、2018年(3.8%)から小幅の減速にとどまる「軟着陸」型の展開を予想します。

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【ポイント2】世界経済「軟着陸」のための3つの条件

■弊社は、世界経済が小幅な減速にとどまる「軟着陸」型の展開となる条件として以下の3点を考えています。

【条件その1】FRBの政策転換

■世界経済の底割れが回避されると予想する第1の理由は、インフレの安定、株価下落、実質長期金利の高止まりを受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)が政策スタンスを転換したことです。1月の連邦公開市場委員会(FOMC)後の声明では「更なる追加利上げ」という文言が削除され、「将来的に適切な政策変更を決めるにあたり、忍耐強く待つことが可能」としました。パウエルFRB議長が「政策金利は中立のレンジにある」と述べたこととも合わせ、FRBは相当期間にわたり、政策金利を現状近辺で維持する方針と考えられます。

■更に、FRBはバランスシート縮小に関する新たなガイドラインも公表しました。準備預金が潤沢な状態を維持するとして、保有国債残高の縮小を早期に停止する可能性が大きいことを示唆した上、状況によってバランスシートの規模や構成に関する政策を調整するとしました。FRBが2018年12月の経験を踏まえて迅速にスタンスを変えたことで、株価の持ち直し・社債市場でのスプレッド(上乗せ金利)の縮小などを通じて米国の金融リスクが低下しました。加えて、米ドル高圧力の後退により、インフレが安定している一部の新興国では金融緩和余地が生まれているほか、商品市況も安定を取り戻しつつあり、新興国経済の持ち直しにつながる可能性が高いと思われます。

【条件その2】中国景気の底割れ回避と米国の消費の安定

■第2に、米中景気の底割れが回避されることが挙げられます。2018年前半の中国の成長率は前年比6.2%程度に減速する見通しです。しかし、2019年は建国70周年にあたり、中国政府は建国記念日(10月1日)を迎える年後半に向けて景気刺激策をとる可能性が高いと思われます。すでに中国政府は、消費刺激のための減税・補助金や冬場以降のインフラ投資の進捗の一部について3月の全国人民代表大会(全人代)に先立って発表を行っている他、ターゲットを絞った金融緩和策も検討されるとみられます。こうした政策を受け、成長率は2019年後半に6.3%程度に回復する公算が大きいと考えられます。

■米国では家計の健全性が安心材料です。米家計は金融危機後、債務をあまり増やさず、貯蓄率は6~7%台で安定してきました。今後製造業の景況悪化が雇用に与える影響が軽度なものにとどまれば、米GDPの約7割を占める消費が景気を支えると考えられます。ここ20年ほどの米国景気を全米供給管理協会(ISM)景況感指数の動きによって振り返ると、景気拡大・縮小の分かれ目である50を製造業・非製造業ともに下回った場合は景気後退となりました(2001年、2008年など)。一方、製造業の指数が50を下回っても、消費に支えられて非製造業指数が52~53前後で下げ止まったケース(2005年、2012年、2015年)では、「成長鈍化」で済み、景気後退は避けられていました。

【条件その3】米中交渉の決裂回避

■第3は、2月末に向けた米中貿易交渉で米中とも決裂は望んでいない、という点です。情報技術(IT)産業育成策等については交渉・対立が続く可能性はありますが、決裂・関税引き上げという最悪ケースは回避すると予想されます。

【今後の展開】2019年1-3月期の金融市場は徐々にリスク選好度が高まろう

3つのリスクファクターに注意

■以上3つの「軟着陸」の条件を睨みつつ、2019年13月期の金融市場は徐々にリスク選好度が高まると考えられます。FRBの政策転換で米国金融に関するリスクは一旦低下しましたが、引き続き以下の3点が不透明要因として残り、留意する必要がありそうです。

■第1に、米中貿易交渉の帰趨です。経済協力開発機構(OECD)の付加価値別貿易統計(2018年12月公表の新データ)を使用した試算では、米中の制裁関税が現状でとどまれば中国経済への影響は▲0.38%程度にとどまります。10%程度公共投資を増額すれば0.5%程度は景気が刺激できるので対応可能な影響と言えます。しかし、米中の貿易交渉が不調に終わり、米国が中国からの輸入2,000億ドル相当に対する関税率を現行の10%から25%に引き上げた場合は▲0.65%、中国からの全輸入品に25%関税を課した場合は▲1.10%と影響が大きくなると試算されます。

■最終的には、中国の輸入増などで具体的に合意、サイバー攻撃・強制的技術移転については中国側の対策実行を求める形とする一方、IT産業育成策では、ファーウェイ問題などミクロの問題を含めて議論継続の枠組みを設定して、決裂を避けるのではないかとみられます。一部で報じられている米中首脳会談が実現するかどうかが焦点となりそうです。

■第2に、主要国の雇用動向です。製造業の調整は既に金融市場は織り込みつつあります。それが雇用を通じてどの程度消費・サービス部門に波及するかに市場は敏感になってくると思われます。

■第3に、英国の欧州連合(EU)からの離脱(Brexit)です。1月29日に英議会が可決した離脱案の修正については、EU側が受け入れる可能性は低く、2月14日に英議会で他の提案について改めて投票が行われる公算が大きいと思われます。離脱期限を延長するのか、ショックを避ける措置をとりつつ、合意なしの離脱に向かうかが引き続き問われることになりそうです。

(吉川チーフマクロストラテジスト)

(2019年2月7日)

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