吉川レポート(2018年6月)米金利上昇と新興国への資金フロー

2018/06/07

吉川レポート(2018年6月)米金利上昇と新興国への資金フロー

 

【ポイント1】米長期金利上昇とエマージング諸国

今後、エマージング諸国はファンダメンタルズの強弱で選別されよう

■2018年4月中旬以降、米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ回数が増えるとの予想が高まる中、米長期金利の上昇とドル高が進行し、一部のエマージング市場で通貨や債券価格などが大幅に下落しました。2013年の「バーナンキ・ショック」後に見られたような大幅な資金の米国への逆流につながるのではとの懸念も聞かれます。しかし、今回はそうした資金の逆流につながるものではなく、ファンダメンタルズの強弱によってエマージング諸国間の選別が進むプロセスと言えそうです。理由は以下の3点に整理できます。

■第一にFRBによる利上げ期待が高まった要因が、インフレの加速ではなく、米成長率の上振れ期待であることです。税制改革と財政支出の上限引き上げが議会で可決されたことで米財政赤字の対GDP比(国際通貨基金(IMF)試算による景気循環調整済み収支)は2018年、2019年について前年よりも1%程度拡大する見通しとなりました。貯蓄に回る部分もあるのでそのまま景気を押し上げるわけではありませんが、2018年に0.2%、2019年は0.4%、それぞれ成長率を押し上げると推定されます。一方、米国のインフレ率やインフレ期待のデータには大きな加速は見られません。したがって、FRBは経済データや金融環境の変化をチェックしながら、景気・物価に対して中立的な水準に徐々に金利を引き上げてゆくプロセスを続けると考えられます。景気の良さに合わせて利上げをするのであり、利上げにより景気(およびインフレ)を抑制するプロセスではありません。2013年半ばに米財政が大幅な緊縮(景気抑制)型となる中でFRBが量的緩和の縮小方針を突然打ち出し、ショックにつながったのとは異なります。

■第二にエマージング諸国の経済見通しの改善が挙げられます。エマージング諸国への資本フローに関する研究をみるとエマージング諸国と先進国の成長率格差が重要という点でほぼ意見が一致しています。IMFの世界経済見通しによる、エマージング諸国の成長率予想の推移をみると、2017年初にかけて下方修正が続いていました。しかし、エマージング諸国の設備投資循環などが底打ちしてきたことを受けて、2018年にかけて上方修正され、2019年には久しぶりに5%台に成長が戻る見通しです。

■第三に「バーナンキ・ショック」の影響が拡大した背景の1つに、中国からの資本流出の増加が、2015年央~2016年前半にかけて中国経済・金融の不安定化につながったと推測されます。今回は中国の景気・金融は安定しています。国際決済銀行(BIS)のデータにより、国際銀行取引を通じた対外借入をみると、2017年以降再び増えたものの、ネットの借入残高はなお2014年頃の半分程度です。また、中国政府も過剰な借り入れへの監視を強めており、金融面から中国経済の不安定感が高まるリスクは小さいと考えられます。

 

 

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【ポイント2】エマージング諸国の中でもアジアに安定感の高い国・地域が多い

インフレ・経常収支が重要な指標に

■FRBの利上げによって米国の短期金利(低リスクのドル金利)の水準が上昇するため、エマージング諸国が資金を引き寄せる際のハードルは少しずつ上がる方向にあります。このため、ファンダメンタルズ指標によりエマージング諸国を選別することが重要です。為替レートとの関係でみると、資金フローの安定に寄与する要素としては、経済成長率に加え、インフレ率の低位安定と経常黒字が重要です。こうした観点からみると、アジアに安定感の高い国・地域が多いと思われます。なお、FRBは6月12日、13日に米連邦公開市場委員会(FOMC)を開催します。0.25%の利上げは市場で織り込まれています。むしろ、政策金利見通しを示すドットチャートや議長の記者会見などで、政策金利を緩やかに中立水準に近づける方針が確認されるかが重要です。

■攪乱材料として欧州の政局がどの程度、(1)市場のリスク回避傾向を強めるか、(2)欧州中央銀行(ECB)の利上げ開始時期を遅らせるか(ドル高傾向を助長するか)により、エマージング諸国向けの資金フローの不安定感がやや長引く可能性があります。イタリア新政権の政策やスペインの政治情勢に加え、6月14日のECB理事会後の総裁コメントなども注目されます。

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【今後の展開】「政治の季節」が到来

夏場にかけて「政治の季節」が続きます。以下に重要な政治イベントについてまとめました。

<政治の季節(1):米中・米朝交渉>

■米中貿易摩擦は5月19日の共同声明で協議継続が合意されましたが、トランプ政権は5月29日、中国製品500億ドル分への制裁関税に関し6月15日までにリストを公表・実施すると発表しました。

■米朝問題はトランプ大統領が5月24日に首脳会談中止を表明しましたが、翌日には撤回しました。6月12日を視野に入れた交渉は継続し、5月30日にはポンペオ国務長官と金英哲朝鮮労働党副委員長が会談しました。

■関税リストの期限、首脳会談中止表明等は、トランプ流の戦術であると見られますが、それと共に6月中旬を期限に行われている交渉が容易でないことを意味しています。しかし、一連の動きは各国(特に米中)が協議による軟着陸を志向していることも示しているとも言えます。今後は、米中貿易不均衡削減のための具体策に加え、知財保護、IT産業育成に関する協議の枠組みに関し(暫定的にでも)合意できるかということや、米朝首脳会談で非核化への道筋が示せるか、などが焦点と言えそうです。

<政治の季節(2):中東情勢と原油>

■米政府は5月8日、核合意からの離脱・対イラン経済制裁の再開を表明しました。過去の経済制裁時のデータからみると、イランからの原油供給が日量100万バレル程度減少する可能性があります。米シェール・オイルの増産も重要ですが、日量300万バレル程度の生産余力を持つ石油輸出国機構(OPEC)が6月22日の総会で減産を緩和すれば、原油価格は安定すると見られます。

<政治の季節(3):欧州>

■イタリアでは、総選挙で得票第1位の左派の「五つ星運動」、同第3位の右派政党「同盟」の連立内閣の成立を受け、小康状態になるかもしれません。しかし、新政権が財政拡張策と移民政策を巡り、欧州委員会と対立するのはほぼ確実です。イタリアの欧州連合(EU)離脱は最終的には考え難いですが、金融市場を神経質にさせる局面は今後もありえると思われます。当面は、6月28日、29日のEU首脳会議が注目されますが、山場は9月にかけてまとめられる予算案を巡る欧州委員会との協議になるでしょう。スペインの政局も留意する必要がありそうです。

(吉川チーフマクロストラテジスト)

(2018年 6月 7日)

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