地政学リスクと相場の関係
市川レポート(No.379)地政学リスクと相場の関係
- 円、ドル、金が有事に選好される理由は「流動性の高さ」だが、あくまで一時避難的な動きである。
- 朝鮮半島で軍事的な緊張が高まった場合、円相場では円高圧力が円安圧力を上回る可能性。
- 地政学リスクへの警戒は怠ることはできないが、過去の例から米国の為替政策はより注意が必要。
円、ドル、金が有事に選好される理由は「流動性の高さ」だが、あくまで一時避難的な動きである
一般に地政学リスクとは、ある国や地域で政治的な混乱や軍事的な緊張の高まりが、それらの国や地域の経済活動を停滞させ、場合によっては世界経済の先行きも不透明にするリスクのことです。地政学的リスクが高まった場合、「有事の円買い」、「有事のドル買い」という言葉もあるように、為替市場では円やドルが選好されやすく、また商品市場では金が買われやすい傾向があります。
これらの通貨や資産が有事に好まれる理由の1つは「流動性の高さ」です。つまり取引量が十分に大きく、市場がリスクオフ(回避)に傾いても相対的に売買がしやすいということです。その安心感から、円、ドル、金は買われやすいということになるのですが、大事なことは、それは「一時避難的な動き」であるということです。そもそも投資目的ではありませんので、地政学リスクが鎮静化すれば、資金の巻き戻しは起こりやすくなります。
朝鮮半島で軍事的な緊張が高まった場合、円相場では円高圧力が円安圧力を上回る可能性
仮に朝鮮半島で軍事的な緊張が高まった場合、円相場はどう反応するでしょうか。一般に、地政学リスクに晒されている国が債務国であれば、資金流出の動きが強まり通貨は下落、反対に債権国であれば、資金還流の動きが強まり通貨は上昇、ということが考えられます。日本は2015年末の対外純資産残高が339兆円と世界一です。日本の投資家がリスクを回避すべく、世界に投資した資金を日本に戻せば、一時的な円高要因となります。
また日本の投資家は、為替ヘッジを行えば、投資資金を日本に戻す必要はありません。ただ為替ヘッジは、ドル売り・円買いの取引ですので、これも円高要因となります。地政学リスクで円安となるには、例えば日本人投資家が、円よりもドルが安全と考え、積極的に対米投資を積み増すような行動が必要です。一方、海外投資家については、対日投資からいったん資金を引き揚げることが想定されます。日本株は既に売りが進んでいますので(図表1)、短期国債の売却が懸念されますが、基本的に為替ヘッジ付きの投資が大半であるため、円安圧力は限定的と思われます。
地政学リスクへの警戒は怠ることはできないが、過去の例から米国の為替政策はより注意が必要
過去の例をみると、米国で同時多発テロが発生した2001年9月11日、ドル円はドル安・円高で反応しました。テロは米国で発生したということもあり、ドルは対円で下落したものの、対新興国通貨では買われています。これは新興国への投資資金がいったん米国に還流したことによるものと推測されます。なおドル円は、約1カ月後にはテロ前の水準を回復しており、円買いは一時避難的な動きであることが確認できます。
また2003年3月20日、米英軍が対イラク軍事作戦(イラクの自由作戦)を開始すると、ドルは円を含む対主要通貨で上昇しましたが、やはり一時的な動きにとどまりました(図表2)。むしろドバイで開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の方が相場への影響は大きく、2003年9月20日の共同声明で「為替レートの更なる柔軟性が望ましい」という表現が用いられると、ドル安容認観測から大幅なドル安・円高が進行しました。地政学リスクの影響は一時となる場合もありますが、警戒は怠ることはできません。ただそれ以上に米国の為替政策には注意が必要と考えます。
(2017年4月12日)
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