トランプ大統領によるFRB圧力と「TACO」トレードの変化

2025/08/29

先週末の22日、いわゆるジャクソンホール会議において、パウエル米FRB議長の講演が行われました。米金融政策の行方を探る材料として注目されたこの講演ですが、その内容は積極的ではないものの、9月開催の米FOMCでの利下げを想起させるハト派的だったことが好感され、講演後の米国株市場は上昇で反応し、今週に入ってからも最高値圏での推移が続いています。

しかし、売りに押される場面も見られ、堅調な相場のウラで懸念の火種がくすぶり始めているかもしれないことには注意が必要です。それは、トランプ米大統領によるFRBへの圧力です。

日本時間の26日(火)早朝、トランプ米大統領はSNS上でリサ・クックFRB理事の「即時解任」を表明し、市場に衝撃を与えました。クック理事はインフレ抑制よりも雇用の安定を重視する「ハト派」であり、金融政策のスタンスとしては、利下げを望むトランプ米大統領と対立する人物ではありません。それにもかかわらず解任を表明した背景には、自らの意向に忠実な人物でFRB内を固め、中央銀行への支配力を強めようとする米トランプ政権の政治的な思惑が透けて見えます。

足元の市場では9月のFOMCでの利下げ決定を高い確率で織り込んでいますが、今回の解任騒動があっても、その見通しが揺らぐことはないと思われます。しかし、警戒すべきなのは、利下げを実施した後に再びインフレが加速してしまうシナリオです。8月上旬に発動した相互関税上乗せ分の影響がこれから出てくることが予想されるほか、7月の米インフレ関連指標(消費者物価指数と卸売物価指数)は、前年同月比でFRBの目標である2%を依然として上回っており、米国のインフレ見通しは不透明な状況が続いています。

仮に、利下げ後にインフレが再燃した場合、FRBは二つの選択を迫られることになります。一つは、市場の混乱を招きかねない「再利上げ」。もう一つは、FRBの信頼を失墜させる「インフレの容認」です。本来、金融政策は経済状況や見通しを踏まえつつ、適切に行われるべきものですが、もしクック理事が解任され、後任にトランプ米大統領の意向を強く反映した人物が送り込まれることになれば、今後のFRBの意思決定が、経済データではなく政治的要素によって歪められる危険性が高まります。

株価が底打ちした4月上旬以降、株式市場では「Trump Always Chickens Out(トランプはいつも最後には怖気づく)」の頭文字をとった「TACOトレード」という楽観論によって上昇基調を続けてきました。しかし、今回のFRBへの介入は、「ディール」という交渉余地のある関税政策とは性質が異なり、中央銀行の独立性という「統治機構(ガバナンス)」が揺らぐことになり、国の信認に関わる問題になります。

そのため、市場がこの問題の深刻さを認識し始めれば、米国の株安・債券安・通貨安の「トリプル安」という形でトランプ米大統領の行動に抵抗する動きが出てくる可能性があります。これにより、トランプ米大統領が態度を変え、結果的に「TACOトレード」が継続することになるかもしれませんが、FRB内のメンバー構成が政権の意向が反映されたものになってしまうと、信認を取り戻すのに時間が掛かってしまい、株式市場がしばらく低迷を続けることも考えられます。

今回のクック理事の解任騒動は、足元の市場にとって積極的な売り材料になっていませんが、時間差で蒸し返されてしまうリスクになる可能性があり、警戒しておく必要がありそうです。

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