卓球ロボットのオムロン~企業価値向上の手本
・オムロンは、商品として卓球ロボットを作っているわけではない。そもそもロボットは作っていない。ロボットに使う制御機器を本業としている。昨年のシーテック2014(アジア最大級のIT・エレクトロニクス総合展)で、この卓球ロボットの展示が話題となり、賞(米国メディアパネル・イノベーションアワードのグランプリ)も得た。
・昨年12月に大手証券会社のインベストメントフォーラムで、オムロンの山田義仁社長が内外の機関投資家にプレゼンをした。その模様をウェブで観ることができる。社長の話は経営の実態、つまり企業価値創造のプロセスをみせるという点で説得力があった。いくつかの興味深い点についてふれてみる。
・私も見に行ったが、卓球ロボットの特徴は、人に合わせて球を返しラリーが続けられるようにする。そこでは人と機械の調和を図っており、ファクトリーオートメーションの進化を深めるというねらいがある。マン-マシーンシステムの共生(シンバイオシス)を追求している。
・当社は、1)このファクトリーオートメーションの進化と共に、2)アジアでの成長構造作りに力を入れている。成長構造とは、アジアで成長できる仕組みをいかに作っていくかを意味する。オムロンといえば血圧計がよく知られている。現在世界の110カ国で年間1500万台を販売し、世界シェア50%を有する。これに代表されるように、身体の情報をセンシング(感知)して、これを健康づくりに活かすビジネスを伸ばそうとしている。センシング&コントロールをコアテクノロジーとして、商品開発とサービスの充実に力を入れている。
・企業成長のドライバー(牽引力)は、事業領域としてファクトリーオートメーションやヘルスケアであり、地域としては中国を含むアジアにある。実際、中国では①省人化、②品質確保という点で、自動化ニーズが高まっている。途上国において、経済が発展してくると人件費が上がってくる。そうすると、人手に頼るよりは自動化してコストを抑えたいと考えるようになる。また、品質に対する要求も上がってくるので、自動化によって品質の安定化を図ろうとする。ワーカーの定着率が下がって、熟練が十分でない面も出てくるため、部分的な自動化ニーズは強まってくる。このローコスト・オートメーションは当社が得意とすることである、と山田社長は強調する。
・山田社長は社長に就任して4年目だが、経営成績(パフォーマンス)は着実に向上している。最も重視してきた売上高粗利率は2011年度の36.8%から直近では39.6%へ上昇している。ROE、ROIC(投下資本利益率)も13%を超えつつある。
・①「企業は社会の公器である」という企業理念に基づく経営、②透明性、実効性の高い、コーポレートガバナンス、③株主との対話(エンゲージメント)、という3点は受け継ぎつつ、④ROICをKPI(重要経営成績指標)とした事業ポートフォリオの構築を、経営革新の軸として実践している。
・事業を公平に評価するためにROICを使っている。売上規模や売上高営業利益率では事業のよしあしを十分捉えきれないからである。そのために、2つの仕組みを構築し、実行している。1)逆ツリー展開と、2)ポートフォリオマネジメントである。
・逆ツリーとは、ROICをROS(売上高利益率)×IC回転率(投下資本回転率)に分解し、それをさらに細かく分けていく。そして、事業の各々の現場に合ったKPIに落とし込んでいく。それによって、改善すべき目標を具体的に定め、その指標の改善をドライバーとして、会社全体への利益貢献を高めていくという方式である。
・山田社長は、まず粗利益率を最も重視した。原価率に注目してしまうと生産部門のコスト低減に目がいってしまう。一方で、営業部門が仕事をとるために、値引きやリベートの提供を行うと、生産部門の努力がすぐに吹き飛んでしまう。生産と販売というタテの経営の結びつきを強化し、双方が一緒になって収益性を高めるには、原価率ではなく、粗利益率を重視することにした。しかも、この粗利益率が年々徐々に改善するようにした。突然ダイエットして無理をしても、それが一過性で定着しなければ、すぐにリバウンドしてしまうからである。
・生産・販売というタテの連結と共に、IT部門など本社機能も含むヨコとの連結にも力を入れた。制御機器事業では、①付加価値率の向上、②売上高の拡大をROIC改善のドライバーとした。昨年度はさほど効果を出さなかったが、今期になって貢献度を高めている。また、電子部品事業では、設備の回転率の向上をドライバーとした。生産設備のコンパクトが鍵である。実際、ある設備面積は2010年の120㎡が2012年に44㎡へ、2013年には25㎡へと、当初の5分の1となった。このように、事業特性に合わせて、現場のKPIを設定し、ROICを高めている。
・もう1つのポートフォリオマネジメントでは、個々の事業の成否を見極めつつ、手を打っている。当社の6事業は、100近い事業ユニットから成り立つ。すべての事業を、横軸にROIC、縦軸に売上成長率をとって、それを4つの象限に分けて事業の将来をみていく。①積極的に投資をして伸ばす事業、②成長性を高めるべき事業、③収益性が十分でない事業、④構造改革が必要な事業、に分けて検討している。その中で、環境事業として大きく伸びている事業も出てくる。一方で、事業の整理も行っており、メリハリを利かせている。M&Aやアライアンスも自社の強みを強化する目的で実行している。
・目標として2016年度に売上高粗利率40%、ROIC13% 以上、EPS290円以上を挙げているが、この数値は1年前倒しで達成できそうである。株主還元については、成長投資を優先しつつ、配当性向30%をベースに、自社株買いの方針も明確に出して実行している。
・当社は、この1月に東証の企業価値向上表彰(2014年度)で大賞を受賞した。特に優れている点として、①ROIC、ROEを明確な目標にして、資本コストを上回る水準に設定し、投資家の視点を重視して対話を深めている。②100近い事業ユニットに収益性を表す指標を入れて、事業の選択と集中をポートフォリオマネジメントとして実践している。③ROICを現場の指標に落とし込んで、PDCAサイクルを回す逆ツリー展開を実践している。④こうしたROIC経営が成果として現れ、企業価値向上に結びついていることが評価された。この方式は、多くの上場会社の手本となりうる。オムロンをベンチマークにして、‘やればできる’という意気込みの波及効果をぜひとも期待したい。