日本製鉄の経営革新
・昨年9月にCFO協会の記念講演会で、日本製鉄の橋本会長(CEO)から経営改革について話を聞く機会があった。かつて、鉄鋼アナリストであった筆者にとっては、誠に興味深いものであった。
・橋本会長は、1979年に入社し、役員になるまでの30年は営業に従事し、その間トヨタを担当し、輸出業務も任務としてきた。役員になってからの10年は海外事業を担当してきた。会社の仕事は難しくない、まともなことを正面からやるべし。これをモットーにしてきたという。
・1970年以来、かつての新日鉄は50年間成長せず、現状維持であった、という認識である。これを成長に挑戦する企業に変えていく。それにはDNAを変えていくしかないと決断した。
・自分の会社をみて、わが社は少しずつ変わっているという社員は変わりたい人であり、さほど変わっていないという人は変わりたくない人かもしれない。
・新日鉄は、このままではつぶれてしまうかもいれないという危機感がスタートであった。予測できたはずの構造変化に手を打ってこなかった。一方で、都市化、工業化が進めば鉄の需要が増える。中国は10年で世界最大の鉄鋼生産国にのし上がった。ひいては、原料価格も大きく上がった。
・かつては米国のUSスチールがトップ、50年前は新日鉄が世界のトップであった。しかし、今や中国企業がトップである。その間、リスクをとってチャレンジしなかったから、競争優位は低下し、収益的にも厳しい事態に追い込まれた。
・どうするか。生産設備の効率化といっても、効果が出るのは2年後、すでに社員は疲れている。そこでコストアップには、まず値上げで対応することにした。製品を支える技術は技術者の数と質で決まる。これはトップクラスである。鉄鋼品質に見合った価格を実現するには、トヨタに値上げを要請し、不退転で臨んだ。前例にない強行値上げを実行した。
・会社を変えるにはトップダウンしかない。上からの独裁でよいという考えである。負け犬がしみついて、変える意欲がなくなっている組織はゆでガエルになりかねない。そこで自らが責任をとる覚悟で大ナタをふるった。
・ガバナンスを変え、役員を減らし、組織を大括りにしてスリム化した。リーダーシップをいかに発揮するか。9割がフォロアであるとするなら、まさに熱量(パッション)でリードするしかない。長くは続かないので、2年で一気に変えるように実行した。
・単なる合理化は縮小均衡を招く。3カ年計画で合理化を図っても均衡には行きつかない。次の不均衡が生れてくる。3カ年計画はいつも計画倒れになる。サラリーマン企業であると、なぜできなかったかの説明は一流である、と橋本会長は語る。一番の言い訳は、前提が変わったからという。
・そこで3カ年計画はやめて、中期ビジョンを作り、そのもとで今年の勝負を計画として定めた。できないことはいわない。前例がないならやろう。産業と企業は別で、産業を語るのではなく、わが社をどうするかを定めるようにした。
・「もう一度世界一の鉄鋼メーカーへなろう」とビジョンを定めた。1億トンの鉄鋼生産を目指す。中国企業を除いて、トップになる。成長がなぜ必要か。現状維持では目標にならない。もういいとは言わせない。拡大均衡しか道はない。成長して、幸せになる。このように定めたと強調した。
・動けばすぐに壁にぶつかる。その時、最も大事なことは、そこに大義はあるか。これを問うて、前進する。日本製鉄の鉄鋼製品は必須か。世界で高く売れるものを作っていく。コストアップに対する値上げは当然である。
・構造改革、値上げ、米国鉄鋼メーカーのM&Aはいずれも成長戦略の要である。米国に鉄鋼技術者は少ない。日本の技術者の投入が役立つ。その意味において、グローバルサウスでのM&Aも次の戦略となろう。
・原料調達から販売までのサプライチェーンを、事業戦略としては2軸でみていく。鉄鋼事業の海外部門を拡大していく。原料調達から販売まで商社機能では、上工程の原料も事業にする。ここを握らないと脱炭素でリードできない。また下工程では販売の主導権も必要である。日鉄物産の100%子会社化もそのためであった。
・米国市場にいかに参入するか。輸出はすでに厳しくなっていた。現地に新製鉄所を作ればいいが、許可を得るのは厳しい。現地企業の買収が政治問題になることは分かっていた。USスチールの競争力を高め、雇用を確保することは望ましいことであるが、これには同業他社が反対した。自社が不利になることは避けたいからである。
・政治の介入に、大統領の判断も加わってきた。ガバナンスに関する黄金株(拒否権付き種類株)も日本製鉄サイドから提案した。議決権に関する種類株は1つの有力な施策であった。トランプ大統領が判断できるようにした。USスチールが元気になって、米国の豊かさに貢献できるのであれば、何ら問題ないという見方である。
・こうした経営革新はどのように実行するのか。組織というのは、いつも2・6・2のルールが働いている。改革マインドの人間と対話していく。しかも1対1の対話が大事である。1対1なら本音が出る。経営会議の資料も、従来に比べて下の役職でもみられるようにした。これも効果があった。
・2050年に向けて、地政学的リスクと脱炭素が日本製鉄からみた2大テーマである。これに対しては、1)戦略的提携と2)技術開発で突破していく。USスチールは日米戦略提携の重要な柱である。これからも次の戦略が動いてこよう。水素還元による鉄鋼の高炉生産は脱炭素のカギとなる。ここが確立できれば、世界で伸びていくことが十分できよう。
・日本製鉄のUSスチール買収は、1年半かけて2025年6月に完了した。141億ドル(約2兆円)のM&Aである。USスチールの歩留り(良品率)は約5割、日本製鉄は9割なので、生産効率の改善余地は大きい。
・日本製鉄のエンジニアは5000人、研究者は800人、これに対してUSスチールは同1000人、同50人なので、日本の支援によるレベルアップが見込める。
・橋本会長が語る日本製鉄の成長戦略は、投資家からみてもワクワクする。ハードルが高く、紆余曲折はあろうが、挑戦なくして成長なし。日本製鉄の新ビジネスモデル創りに注目したい。