人的資産をどこまで見抜くか
・組織で働く人々の能力は、バランスシートに載っていない。正社員の人件費は費用として損益計算書(P/L)で落とされる。ソフトウェアの開発費は、それがビジネスに活かされるならソフトウェア資産として計上される。設備の設計に携わって、それが実用化されるのであれば設備資産となる。
・では、パート・アルバイトの人件費はどうか。正社員の人件費は固定費の要素が強いが、パート・アルバイトは変動費である。相対的に安くて、増やしたり減らしたりする自由度が高い。できるだけ正社員を増やさないという経営が、この30年続いてきた。
・社内人材の能力を高めるような人材教育はどうか。人材育成には手間がかかる。一生懸命育てても、簡単に辞めていく。それなら必要な人材は、中途で採用した方がよい。
・ところが、中途人材は社内事情がよくわかっていないので、思ったほど戦力にならない。そもそも中途で会社を出入りするような人材は、中々定着しにくい。このような古い見方がまだ頻繁に聞かれる。
・新卒は有力な働き手なので、新卒採用に力を入れる。しかし、入社2~3年で辞めて転職するのは、もう当たり前になりつつある。そもそも大した実務能力もないのに、潜在的な可能性だけで採用しても、うまく育つ人材は少ない。
・一方で、人手不足、人材不足である。人材を人財にするには、その仕組みが必要である。人件費を費用ではなく、人財投資の先行投資と考えるべし、という見方が最近広がっている。
・3月に日本CHRO協会のフォーラムで、2人の方が問題提起した。同志社大学の浜矩子教授は、「ヒトをモノとして扱っているのではないか。本当にヒトに生かされる経営を行っているのか。」と辛口の講演を行った。
・都立大学の松田千恵子教授は、「人的資本の活用といっても、その前提として、経営戦略が本当に立てられているのか、ジョブ型人事制度といいながら、適材が採用できるまで、ポジションをオープンにすることが許されるのか。」という問題提起をした。
・パート・アルバイトが安くて便利と活用してきた企業は、時給2000円になったら、やっていけるのだろうか。十分な人材育成をしない会社で、必要な人財が育つとは思えない。
・社内の人事制度がしっかりしていない会社に、中途で入りたいとは思わない。グローバルに通用する仕組みをもっていない企業が、海外で活躍できるはずがない。
・企業が有する人財ポテンシャルはどう測るのか。これまではB/Sに載っていなくても、費用として処理する中で、キャッシュ・フローに反映されているはずであり、将来キャッシュ・フローの現在価値に反映されるので十分である、といわれてきた。
・しかし、それでは全く不十分になっている。人財ポテンシャルを、もう少し見える化しないと、企業価値の評価が十分できないという見方が有力となっている。
・研究開発、設計製造、販売マーケティングなどのバリューチェーンにおいて、人財を活かす組織能力を何らかの形で知りたい。これが、最近の投資家のニーズである。
・まずは非財務の領域で、わが社の人財戦略とその成果について語ってほしい。次に、財務面でも人財、人的資本の生産性について、工夫しながら示してほしい。
・3月にオムロンは、長期ビジョン「SF2030」と中期3カ年計画「SF 1st Stage」を公表した。SF(Shaping the Future)に向けて、“人が活きるオートメーションでソーシャルニーズを創造し続ける”を掲げている。中期計画では、カーボンニュートラル、デジタル社会、健康寿命におけるソリューションでビジネスを拡大する。
・3カ年のKPIとして、金融資本効率としてROIC 10%超、ROE 10%超を目指す。そして、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の加速に向けた人事戦略の導入で、「人的創造性」を年+7%向上させると設定した。
・人的創造性とは聞きなれない。オムロンが定義したもので、人件費当たりの付加価値額(付加価値額÷人件費)である。3カ年で人財開発に60億円投入する。ジョブ型人事制度の導入を3年後には完了する予定である。
・ここからは一般論であるが、これまで労働生産性は1人当たり付加価値額で測定された。付加価値とは、人件費+減価償却+営業利益を中心として、企業内で生み出された価値である。
・人件費を人財投資とみると、労働生産性=〔付加価値/人財投資〕×〔人財投資/従業員数〕となる。人財投資を1年分の人件費で代用するのは、シンプルすぎるようにもみえるが、まずは何らかの定義をして、指標として使ってみるのも1つの方策である。
・1年間の人件費(人財投資)で、どのくらいの付加価値が生みだされているか。オムロンの場合は、それを年7%で成長させたい。つまり、労働生産性を7%ほど伸ばしていくという意味である。この人的創造性を財務的KPIとした。興味深い試みである。
・人的資産の見える化をどのように実践するか。多くの企業の試みに大いに注目したい。さらに、その成果を実感したいものである。