統合報告書を読み比べて~中外、日立、オムロン、三菱ケミカル

2021/05/31

・2020年の日経アニュアルリポートアワードを受賞した企業の年次報告書(アニュアルレポート)を読んでみた。グランプリの中外製薬、準グランプリのオムロン、日立製作所、三菱ケミカルホールディングスの4社である。

・投資家、アナリストとして、統合報告書の内容に目を通してみた。1)将来めざす価値創造の仕組み(ビジネスモデル:BM2)はどのようなものか、2)それを実現するための戦略は立案、実行されているか、3)レポートを読んでもっと知りたいことは何か、4)投資魅力はどこにあるか、という観点を頭においた。

・中外製薬は、ロッシュの子会社(持株比率61.2%)として、独自の連携を図っている。企業価値向上には、イノベーションの追求しかないとして、それを実践し、ヘルスケア産業でトップイノベーターを目指す。

・自社の歴史を振り返りながら、どのような共有価値の創造を目指してきたかを辿り、これからはライフサイエンス×デジタル技術で新たな価値創造モデルを構築していく。11のステークホルダーに、各々どのような共通価値を提供するかを明らかにして、その測定指標(KPI)も社内向け、社外向けに設定している。

・医薬品業界の中で自社の立ち位置を説明し、ロシュといかにwin-winの関係を築いているかも、ビジネスモデルとして明解に語っている。様々なKPIが出てくるが、それがどのようにつながっているかを連関図表として分かり易く示している。

・ステークホルダーとのエンゲージメントから示唆を受けた点を記載し、経営に活かしている。サステナビリティのあり方については、リスクの特定、マテリアリティの特定をしっかり行って明示している。中計のIBI21(Innovation beyond Imagination)では、定量目標としてCore EPS CAGR(年率成長率)を30%前後(2018~2021年)としている。

・新薬ビジネスの各ステージ、研究、開発、製薬、マーケティング、メディカルアフェアーズ、安全性、信頼性、知財などの領域において、各々SWOT分析を行って中身を示している。新薬開発の進捗についても丁寧に説明している。

・知りたいことがほとんど網羅されており、計画に対して実績もついてきている。統合報告という点では圧倒的な完成度で、素晴らしい。

・日立製作所は、社会イノベーション事業の加速を軸に、5つの事業領域(IT、エネルギー、インダストリー、モビリティ、ライフ)でソリューションの提供を目指す。それらに横軸で、Lumada(ルマーダ)のユースケースを取り入れている。

・グローバルな競争力の確保では、グローバル人材マネジメントが進展していることを強調し、収益力向上に向けた経営基盤の強化も大いに図っている。

・事業セクターごとに価値創造ストーリーを語っており、分かり易い。リスクと機会の把握では、気候変動、情報セキュリティ、安全・衛生・健康にも十分配慮している。

・オムロンでは、山田CEOが「選択と分散」を強調した。選択と集中ではなく、複数の事業の柱をしっかり作っていく分散型経営でコロナショックを乗り切っていく。

・近未来をデザインした上で、事業創造モデルの構築を目指しており、COVID-19への対応を踏まえながら、社会的な課題と事業ごとのニュノーマルを設定している。

・統合リスクマネジメントを明示して、サステナビリティへの取り組みでは、事業部別の内容とともに、人材、環境、SCM、情報セキュリティなどについても力を入れている。とりわけ、人財マネジメントを重視し、TOGA(社員による社会的課題への提案)活動もユニークである。

・TCFDへの対応もしっかりしている。マネジメントの報酬では基本、賞与(短期)、中長期の比率を1:1:1.5と開示しており、望ましい比率といえよう。

・三菱ケミカルホールディングスは、小林会長が創案したKAITEKI価値をベースに、MOS(戦略)、MOT(技術)、MOE(経済)の3軸経営を長年展開している。

・KAITEKI価値をきちんと数量化して測り、その改善に力を入れている。2030年に向けて、「KAITEKI VISION 2030」を策定し、2050年のビジョンも構想している。

・4月に新社長ジョンマーク・ギルソン氏が就任した。中期計画APTSIS(アプトシス)25では、2021~22年度をStep1、2023~25年度をStep2として、まずはコロナ禍を乗り切る2年計画をスタートさせた。DXを活用するDXグランドデザインも本格化する。2年後に次の3カ年は策定する方針である。

・日立は、グローバルな競争力の強化に新たな施策がほしいところであったが、今回、大型のM&Aが動き出そうとしている。オムロンではビジネスモデルの進化に、次の飛躍がほしいところである。三菱ケミカルは、社長交代を踏まえて、どのような新経営計画が打ち出されくるか。ポートフォリオの見直しも踏まえた新ビジネスモデル(BM2)への展開に注目したい。

・BM2の確立という点では、中外が優れており、日立、オムロン、三菱ケミカルという順であろう。BM2の構築に向けた戦略遂行という点でも、同じ順位であろう。もっと知りたいという項目では、中外のDX、日立、オムロンのイノベーション、そして三菱ケミカルの新社長の新しいBM2があげられる。

・投資魅力という点で、企業価値を創造するパワーを見ると、中外、日立、オムロン、三菱ケミカルの順であるが、これから変化する糊代でみると、逆の順番になろう。これは現時点における筆者の主観的評価であるが、今後とも次の一手を見ながら、統合報告を投資判断に活かしていきたい。

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