トランプ氏は帝国主義者なのか
【ストラテジーブレティン(374号)】
100年前に戻った世界情勢?
歴史の針が大きく逆回りし始めたように見える。20世紀前半までの、列強による世界分割、各国が権益追及を丸出しにして、戦争にまい進した帝国主義時代に戻ったとしか思えない変化が起きている。南シナ海の公海上の岩礁を埋め立てて軍事要塞化した中国や、主権国家ウクライナにあからさまに侵略し領土を奪取したロシアなど、ならず者国家群(Rogue Nations)だけかと思ったら、トランプ政権もそれに劣らず対外膨張の意欲をあからさまにしている。
露骨なトランプ氏の対外膨張欲
トランプ氏はグリーンランドの領有やパナマ運河の管理権の奪還の意志を示した。また。メキシコ湾をアメリカ湾への呼称変更し、2015年に「デナリ」と改称されていたアラスカ州の北米最高峰の名称を、それ以前の「マッキンリー」の呼称に戻した。これらは領土拡大の野望をむき出しにしたものととらえられている。マッキンレーはハワイ併合・フィリピン併合・米西戦争など帝国主義政策を推し進めた第25代大統領(1897-1901)である。
トランプ氏と古典店帝国主義の決定的相違
しかし古典的帝国主義とトランプ氏には決定的違いがある。対外膨張の契機の有無である。レーニンが倣った帝国主義論はイギリスの経済学者ホブソン(1858-1940)の主張であったが、その骨子は、資本主義の下での過剰貯蓄と過少消費が、対外膨張主義、帝国主義戦争を引き起こしたというものであった。「技術の発展が有効需要を上回る工業生産力と過剰生産を引き起こし、過剰貯蓄と過剰生産のはけ口としての外国市場、外国投資領域が必要となった」。その根本原因は「企業家・金融家に偏った富の配分、つまり『消費力の悪分配』」にある。「消費力の悪分配」が余剰資本を形成させ、それがイギリスの帝国主義的対外膨張・侵略の契機になった。「余剰所得が高賃金として労働者に流すか、租税として国に流すかされれば、その結果としてそれが蓄積される代わりに支出され消費を膨らませるのに役立ち、(対外膨張の誘因はなくなる)」(J.A.ホブソン「帝国主義論」岩波文庫)との解決策を提示している。
トランプ氏は対外投資ではなく対内投資を求めている
このように生産力と資本の過剰蓄積が帝国主義的対外膨張の原因であるとすれば、今の米国経済とトランプ氏の経済政策はまるで逆である。米国の製造業生産力は大きく劣後し海外から財を輸入して貿易赤字を積み上げている。トランプ氏は製造業の国内回帰を目指して関税引き上げをとようとしているし、対外投資ではなく海外からの対米投資を求めている。今の米国に強権的な対外進出、つまりホブソンが分析したような「外国市場や外国投資領域」が必要と言うことは何もない。米国が世界に独占的に供給しているものは、知的所有権に関するサイバー上のデジタル商品であるが、それは圧倒的技術優位故に、強権は必要ではない。そもそもサイバーは脱国境の領域である。
