植田日銀新体制、黒田体制にはなかった二つの好条件

【ストラテジーブレティン(326号)】

政府は黒田東彦日銀総裁の後任に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示した。衆参両院の同意を経て内閣が任命することになる。これまで長らく本命視され、事前の日経報道で政府からの打診が報じられた雨宮正佳副総裁は「今後の金融政策には新しい視点が必要」との考えから固辞したと伝えられている。

中庸の植田氏、黒田異次元緩和に理解
市場の関心は、植田氏が黒田氏の異次元の金融緩和を墨守するリフレ派なのか、それともそれに反対するタカ派なのかだが、植田氏はその中庸を行く人物と思われる。8年にわたる日銀政策委員としての実務経験に基づき、特定の理論で整理できるほど経済や金融の現実は単純ではなく、局面に応じて有効な理論やツールを柔軟に応用するべき、という持論を持っている。その柔軟で慎重な現実主義は、2000年(速水総裁)、2006年(福井総裁)の2回にわたって利上げに反対したこと、時間軸効果(フォワードガイダンス=緩和を長期間続けるという約束が、緩和効果を高めること)のような非伝統的政策を推進してきたこと、等から明らかである。

植田氏は日経新聞の『経済教室』で「日本における持続的な2%インフレ達成への道のりはまだ遠い」「金利引き上げを急ぐことは、経済やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害する」としつつも、「予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みは、どこかで真剣な検討が必要だろう」と述べている(2022年7月6日付)。

黒田氏が直面した二つの困難、①日本病と伝統的金融政策の無能化
黒田日銀体制は、日本経済の危機的状況の下で出発し、異次元の金融緩和、イールドカーブコントロールという、過去の常識から大きく離れた革命的政策を繰り出した。黒田総裁が就任した2013年3月は、東日本大震災や欧州債務危機の直後で、家計も企業も悲観一色であった。世界中で日本だけがデフレであり、超円高でハイテク企業がことごとく競争力を失い、6重苦が日本企業の収益力を著しく蝕み、株価も不動産価格も消費者物価も、世界の中で日本だけが下落を続けていた。これを各国エコノミストやメディアは日本病(Japanification)と呼び、FRBやECB、BOEなど先進国の中央銀行は、戦うべき最大の病、と考えていた。

また伝統的金融緩和政策は明らかに限界に達していた。金融政策は信用創造を通して総需要に影響を与えるものであるが、銀行の先に借り手はいなくなり銀行融資のコントロールというチャンネルは働かなくなっていた。また、金利はゼロに張り付いており更なる利下げの余地はなくなっていた。日本の経済と金融は、元FRB議長バーナンキ氏がリーマンショック後に量的金融緩和を導入した時以上の手詰まり状態であり、脱デフレ、経済成長軌道の復元のためにはまさに金融政策の革命的手法が必要であった。

黒田氏が直面した二つの困難、②強烈な政策批判
異次元の緩和政策は、伝統的政策に固執する日銀OB、学者、エコノミストとメディアからの総批判を浴びた。そもそも日本のデフレは大恐慌型のスパイラルではなくマイルドな「デフレ均衡」であり、少子高齢化の下では甘受するしかないものであるとの風潮が蔓延しており、デフレ脱却に対する国民的合意が形成されていなかった。それなのに安倍政権はまだ白川総裁時代の2013年3月に、日銀にデフレ脱却の圧力をかけて「政府と日銀の政策協定(アコード)」を締結させたが、その強引な手法に対する反発が経済論壇に修復不能の溝を作ってしまった。安倍政権批判に凝り固まった左翼メディアは、アベノミクスの中核である黒田日銀の革命的金融政策を、半ばイデオロギー的に批判し続けた。

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