「消費は美徳」思想のルネサンスを
~経済敗戦の根本原因、デフレ容認心理の定着~

【ストラテジーブレティン(299号)】

(1)日本に染み付いた消極的経済心理

「潮が引いた時、誰が裸で泳いでいたかがわかる」、はカリスマ投資家W・バフェットの言葉であるが、コロナパンデミックは我々に意外な気付きを与えた。日本人の萎縮した経済心理が世界の常識からかけ離れているという事実である。

コロナ感染による健康被害は、感染者数や死者数を人口対比で見ると、日本はアメリカ・イギリスの10分の1弱で先進国では最低である。しかしコロナ危機以降の経済の落ち込みと回復の遅れという経済被害では、日本はG7では最悪である。この驚くべきギャップは、心理要因以外考えられないというのが、東大教授の渡辺努氏の分析である。パンデミック下においては、「コロナ感染を防衛したいという欲求」と、「経済活動を損ないたくないという欲求」の、相反する二つ欲求の葛藤が生まれるが、両者のバランスにおいて日本は世界の平均から大きくずれている。それはとりもなおさず、日本においてアニマルスピリットが極端に棄損されているという事実である。

渡辺氏は近著「物価とは何か」(講談社)で、1960年代にIMFにおいて「世界には4つの国しかない、先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンだ」というジョークが話題になったというエピソードを紹介している。日本の戦後の高度成長とアルゼンチンの長期凋落は他に例がないので、この二国のデータはどんな分析でも外れ値になるという意味であったのであるが、驚くべきことに50年後の今日においても日本とアルゼンチンの世界平均値からの極端な乖離は別の形で続いている。G20に参加している主要国の中では日本は唯一のデフレ国であり、随一の高インフレ国がアルゼンチンである。日本はその異質性を知るべきである。

デフレが日本のアニマルスピリットを破壊した
しかし、この消極的経済心理は、日本に昔から備わっていたものではない。20年以上にわたって続いたデフレがアニマルスピリットを破壊したのである。バブルが崩壊して以降、リスク回避、挑戦の回避という選択が常に正しかったのであるから、それが経済心理として定着したのは無理からぬことである。「キャッシュイズキング」、「下山の思想」、「成長しない現実を受け入れる定常社会論」など、日本にだけ驚くほど多くの反成長主義の主張が生まれたが、そうした日本特有の議論はデフレが定着化したことで正当化されてきた。

デフレは売り手から買い手への所得移転なので、トータルでは中立である。買い手である消費者には有利に、売り手である企業には不利に働くので、消費者にはいいことだという議論をよく目にする。今時点だけを考えればそのとおりだが、それがどのような結末をもたらすのかが重要である。収益を損なわれた企業は雇用を減らし賃金を引き下げざるを得なくなり、結局失業が増え賃金は下がり、家計の消費を痛めていく。企業は経済社会で唯一の価値を作り出す主体なので、企業活動を損ないイノベーションを停滞させることは、長期的に大きな損失となるのである。

また、デフレは実質金利を高め、借り手をさいなむ一方、現金選好を高める。将来の貨幣価値が高まるので人々は消費を先送りし貯蓄に励む。そして投資を止め 、現金をため込む。経済の血液である資本が循環しないのであるから、体はじわじわと蝕まれていく。これが失われた20年の実態であった。

>>続きはこちら(883KB)

株式会社武者リサーチ
「論理一貫」「独立不羈」「歴史的国際的視野」をモットーに、経済と金融市場分析と中長期予想を目的とし提供していきます。
著作権表示(c) 2013 株式会社武者リサーチ
本書で言及されている意見、推定、見通しは、本書の日付時点における武者リサーチの判断に基づいたものです。本書中の情報は、武者リサーチにおいて信頼できると考える情報源に基づいて作成していますが、武者リサーチは本書中の情報・意見等の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。かかる情報・意見等に依拠したことにより生じる一切の損害について、武者リサーチは一切責任を負いません。本書中の分析・意見等は、その前提が変更された場合には、変更が必要となる性質を含んでいます。本書中の分析・意見等は、金融商品、クレジット、通貨レート、金利レート、その他市場・経済の動向について、表明・保証するものではありません。また、過去の業績が必ずしも将来の結果を示唆するものではありません。本書中の情報・意見等が、今後修正・変更されたとしても、武者リサーチは当該情報・意見等を改定する義務や、これを通知する義務を負うものではありません。貴社が本書中に記載された投資、財務、法律、税務、会計上の問題・リスク等を検討するに当っては、貴社において取引の内容を確実に理解するための措置を講じ、別途貴社自身の専門家・アドバイザー等にご相談されることを強くお勧めいたします。本書は、武者リサーチからの金融商品・証券等の引受又は購入の申込又は勧誘を構成するものではなく、公式又は非公式な取引条件の確認を行うものではありません。本書および本書中の情報は秘密であり、武者リサーチの文書による事前の同意がない限り、その全部又は一部をコピーすることや、配布することはできません。