香港デモンストレーションと米中軋轢
【ストラテジーブレティン(227号)】
ベトナムが米国に勝った理由、損害許容限度の差
米中貿易戦争の本質が、世界の2大経済大国、米国と中国の世界覇権争いであることが、今や明白になった。米国主導の世界秩序(資本主義市場経済とリベラルデモクラシー)の中に中国が収まっている間は良かったが、習近平政権は「中国の夢」という標語を掲げて世界秩序の新たな担い手となる野望を隠さなくなった。10月4日のハドソン研究所におけるマイク・ペンス副大統領のスピーチは、とうとう米国が中国の覇権挑戦に対して、受けて立つ姿勢を明確に示したものであり、米国は中国を潜在的敵ととらえて、その狙いを打ち砕こうとする戦略を表明した。
こうした抗争において、どちらが最終的に勝利するかは、軍事力・経済力の強さのみが決めるのではない。東京国際大学の村井 友秀 教授は「戦争に勝つとは、損害が国民の許容限度を超える前に戦争目的を達成することであり、戦争に負けるとは、戦争目的を達成する前に損害が国民の許容限度を超えることである」、「ベトナム戦争では、300万人を超える死者を出したベトナムが、5万人の死者しか出さなかった米国に勝ったが、その違いは戦争の損害許容限度の差、さらにはその背景にある国民の戦う意思の大きな違いにあった」と述べている。(産経新聞 正論「米国との戦争に勝てない中国」2019年6月3日付)
中国の低損害許容限度を露呈した香港問題
これを今日の米国と中国に当てはめるとどうなるか、一般的には中国有利と考えられがちである。共産党独裁と情報管制が貫徹し、国民を自由に統制できる中国の方が、民主主義で大衆の不満表明が容易に選挙結果を左右する米国よりもパワフルで迅速である、と考えられている。しかし国民の戦う意思はどうであろうか。米国民と世論・与野党における「自由・人権・民主主義・公正透明な市場経済を守る」ための対中連携は強固である。いわば理念・価値観のレベルの戦闘意欲が生まれているように見える。他方中国は、倫理的にみた共産党政権の正統性は脆弱である。
共産党独裁体制が正当化される理由は、①経済発展と国民生活向上を成し遂げたこと、②代替の13億人をまとめる統治体制が無いこと、という消極的なものである。人権・民主主義に命を捧げる人はいても、共産党独裁体制のために命を犠牲にする人は、少ないのではないか。加えて中国は、世界の工場として国際分業に深く組み込まれ、巨額の対米経常黒字によって経済成長を可能にしている国である。自給自足の農業経済国であったベトナムとは全く違うのである。
それは「逃亡犯引き渡し条例」に反対するデモンストレーションに200万人の香港人が参加したことを見れば、明らかであろう。林鄭香港行政長官は、混乱を謝罪し、条例改正案撤回を余儀なくされた。香港の騒動は台湾にも伝播し、2020年1月実施の総統選挙戦において、これまで対中融和路線の国民党の優勢が続いていたが、対中警戒感が高まり、「一つの中国」を認めない民進党側に追い風が吹きつつある。トランプ政権は来る大阪G20サミットの際の米中首脳会談において、香港問題を議題にすると表明した。習近平政権は本来中国の内政問題である香港問題を国際会議の議題とすることは、何としても避けたいはずである。中国の内政が国際世論の批判を受けることになれば、習近平氏の政権基盤を大きく損なう懸念がある。