知られざるカリウム大国「ベラルーシ」とロシア ~我が国へのネガティブ・インパクトとは~

2019/03/22

はじめに

日露関係が転換を迎えている。プーチン大統領が日露交渉について「テンポが失われている」と発言し、これに対して安倍総理大臣としては何とか交渉を推進させようと躍起になっているという(※1)。これを裏付けるかのように、ロシア情勢を巡っては俄かにロシアの西側の方で大きな動きが起きている。

まずはクリミア情勢である。去る18日に併合から5年を迎えたが、ルーマニアに米国が昨年6月にMK-41ミサイルを配備したのに対抗して、プーチン政権は原爆を搭載可能な戦闘機をクリミアに配備する姿勢を公表したのだ(※2)

次に北欧との関係である。昨年9月、デンマークの最大手銀行であるダンスケ銀行を巡る大規模マネーロンダリング問題がリークされた(※3)。同銀行エストニア支店で生じたロンダリング事件だったが、このマネーロンダリング利用者の中で多かったのが、ロシア人だったのだという。

この事件は北欧のみならず、エストニア支店が関わったという意味でロシアとバルト三国の関係にも影響を与えている。というのも、今週18日、同じくバルト三国を構成するラトビアのエドガルス・リンケーヴィッチ外務大臣がバルト三国とロシア、そして西欧との関係性を清算すべきタイミングにある旨、言及しているのだ(※4)

このように、ロシアを巡ってはむしろ西方シフトが生じている。そうした中で影響を受けている他の国で、本稿で取り上げたい事項に関わるのがベラルーシである。ベラルーシはポーランドとロシアに挟まれた国である。1795年以降、ロシア帝国、その後はソ連に永年併合されてきたベラルーシは、今またロシアに併合される可能性がある旨“喧伝”されているのだ(※5)

ベラルーシというと我が国には殆ど関係がないように思える。しかし、ベラルーシは実はカリウム大国なのである。カリウムは植物にとって三大必須栄養素であり、そのため肥料として非常に重要な鉱物なのである。そしてこのカリウム鉱石は世界的にも遍在していることが知られており、その中でも重要な埋蔵国がベラルーシなのである。

本稿は重要なカリウム生産国であるベラルーシを通じて、カリウム・マーケットの動向を分析する。

 カリウムとは何か?

カリウム(元素記号K)はアルカリ金属と呼ばれる種類の軽金属である。人体の中ではナトリウムとのバランスで生体機能を整えており、むくみの改善や高血圧予防、さらには筋肉の調整などに重要であり、人類の必須ミネラルである。他方で、上述したように、植物にとっても重要なミネラルでもある。そのため、カリウムの利用用途の90パーセント以上が肥料である(※6)。他方で金属処理やガラス製造でも必要であり、また硫酸カリウムが医薬品製造でも利用されている。

そうしたカリウムだが世界的に偏在していることが知られている。具体的にはカナダにロシア、ベラルーシ、さらには中国、ドイツで全生産量の80パーセントを占めるのである。 我が国はその需要のほぼ全てを輸入で負かっており、ベラルーシから全体の約8パーセント(2015年ベース)を輸入している(ロシアからは全体の9パーセント、カナダが70パーセント)。そのため、価格交渉力が弱く、生産国の言い値で購入せざるを得ないという状況にある。

(図表1 世界のカリウム生産量の推移)

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(出典:独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)(※7)

 企業としてはベラルーシのベラルーシカリー、ロシアのウラルカリーとカナダのカンポテックス(米モザイク(証券番号:MOS)(※8)の持分法子会社)が三大企業として知られている。

実は前2社はかつて合弁企業を構成するほどの関係性を有していた。両社の歴史をまとめるとこうなる(※9)

  • 「ウラルカリー」はソ連の国営企業で1992年に民営化した。他方で「ベラルーシカリー」は同じくソ連の国営企業であるが、1990年代に民営化を拒み、ベラルーシ政府から支援を受けることを選択した。両社とも世界最大級のカリウム生産会社である。両社は2005年までほぼ同量のカリウムを採掘、販売していたが、同年に合弁会社「ベラルーシ・カリー会社」(BKK)を設立し、同社を通じて肥料を海外に販売するようになった。これにより、世界マーケットの45パーセント弱を支配し、カナダの競合「カンポテックス」と効率的に競うことができた
  • 「ウラルカリー」の大口株主は、ロシアの億万長者であるスレイマン・ケリモフである(註:現在は異なる)。最高経営責任者はウラジスラフ・バウムゲルテルである。「ベラルーシカリー」の株式は、100パーセントをベラルーシ政府が保有している
  • ケリモフを代表とするロシア側は2011年に「ベラルーシカリー」の株式を取得し経営権を握ろうとしたものの、価格面で折り合わず交渉は決裂した。ベラルーシにとって「ベラルーシカリー」は最高額の資産である。肥料の原料(シルビナイト)以外、ベラルーシには自国の有用鉱物がない
  • 2012年末、内部意見の相違が対立に発展した。まずベラルーシのルカシェンコ大統領の指示で、「ベラルーシカリー」はBKKを通さずに、独自にカリウムを輸出し始めた。「ウラルカリー」は今夏、対抗措置として同じことを実施し、「ベラルーシカリー」との合弁を解消し、BKKを通じた共同輸出を拒否した
  • この対立は最終的に、バウムゲルテル最高経営責任者の逮捕を招いた。ミンスクに交渉に訪れた同人は2013826日、職権乱用ならびにベラルーシのパートナーに1億ドル(約100億円)の損害を与えたとして、拘束された。大口株主のケリモフにも同様の容疑がかけられた
  • この騒動によって炭酸カリウム・マーケットで価格下落が起こり、7月に1トンあたりの価格が400ドル(約4万円)だったのが、11月には305ドルから310ドル(約3500円から31,000円)にまで下がった
  • バウムゲルテルには、モスクワに戻る代わりに「ウラルカリー」の所有者を変えるという交換条件がベラルーシからつきつけられた。ケリモフの出資比率(21.75パーセント)に興味を示したのは、ロシアでもっとも大きな投資基金の1つであり、オリガルヒで政治家のミハイル・プロホロフの基金である「統合輸出入(ONEKSIM)」であった

2013年12月までにケリモフは21.75パーセントをプロホロフに売却し、19.9パーセントをウラルケム(Uralchem)に売却したという。

(図表2 塩化カリウムのスポット価格推移)

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(出典:Seeking Alpha(※10)

 直近2月18日週にはロシア・ベラルーシのスポット価格で251ドル/トンから320ドル/トン程度の水準にあるという(※11)。このようにカリウム・マーケットは過去停滞に喘いできた中で、直近1年には上昇しつつあるというのが現状である。

カリウム・マーケットの急上昇はあり得るのか?

前述したように、(塩化)カリウムはその遍在性の上に肥料として必須であるため、絶対的な生産量が多いのにもかかわらず、生産国の価格交渉力が強いという特徴がある。かつて「ウラルカリー」と「ベラルーシカリー」が合弁を解消した際に大きく価格が下落したのがその象徴である。

しかし、ロシアが西方に影響力を増大させつつある今、ベラルーシがロシアに併合されるのも時間の問題といえる。ウラルカリーとベラルーシカリーが合併する事態となれば、当然カリウム・マーケットの急上昇は当然あり得るというわけだ。

では仮にそのような事態になったとして、我が国にどのような影響を及ぼすのだろうか?まず肥料メーカーが大きな影響を受けるのは明らかだ。化学肥料価格は年2回春と秋に定期的に改定される。たとえばJA全農は塩化カリウム・マーケットの動向を基に大きく費用価格を変える(※12)。そうした中で、化学肥料メーカーは軒並み影響を受ける。たとえば多木化学(証券番号:4025(※13))片倉コープアグリ(証券番号:4031(※14))が原料費高騰に喘ぐこととなる。

他方で、ダブルパンチを受けるのが、実が食品業界なのである。肥料価格の高騰を通じて原料費高の影響を受けるのは言うまでもない。それ以上に問題となるのが、実は「減塩ブーム」である。たとえば「柿の種」で知られる亀田製菓(証券番号:2220(※15))は塩分カットのために一部を塩化カリウムに替えた「柿の種」を2016年にリリースしている(※16)。このように塩化ナトリウムの代替として塩化カリウムは多用されているのであり、食品、特に製菓メーカーがダブルパンチを受けることに注意しなければならない。

ロシア情勢が我が国のお茶の間にまで影響を及ぼすほどにグローバル化は進展している。逆に言えば、未来を見通そうとするならば必然的にグローバル情勢に注目することが必須であるということだ。

*より俯瞰的に世界情勢やマーケットの状況を知りたい方はこちらへの参加をご検討ください(※17)

 

※1 https://www.sankei.com/politics/news/190320/plt1903200003-n1.html

※2 https://diepresse.com/home/ausland/aussenpolitik/5597875/Russland-will-Atombomber-auf-der-Krim-stationieren

※3 https://www.latribune.fr/entreprises-finance/banques-finance/banque/un-enorme-scandale-de-blanchiment-fait-vaciller-la-premiere-banque-danoise-790968.html

※4 https://www.theguardian.com/world/2019/mar/18/baltic-states-no-longer-a-bridge-between-east-and-west-says-latvia

※5 https://www.news.com.au/technology/innovation/military/president-putins-terrifying-retirement-plan-forcing-a-unification-with-belarus/news-story/fb31833d85877d565221c47be01f1fe9

※6 http://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2017/06/32_201701_K.pdf

※7 同上

※8 https://www.nyse.com/quote/XNYS:MOS

※9 https://jp.rbth.com/business/2013/12/02/46249

※10 https://seekingalpha.com/article/4018288-intrepid-potash-still-significant-troubles-ahead-priced

※11 http://bsikagaku.jp/fertilizer-price/KCl-price.pdf

※12 https://www.nikkei.com/article/DGXLZO16924940W7A520C1QM8000/

※13 https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=4025.T

※14 https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=4031.T

※15 https://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/detail/?code=2220

※16 https://www.nikkei.com/article/DGXKZO06686770Q6A830C1TI1000/

※17 https://haradatakeo.com/ec/products/detail.php?product_id=3091

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所
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