企業価値向上の実践~塩野義製薬の‘自分ごと化’
・東証は、高い企業価値の向上を実現している上場会社のうち、資本コストを始めとする投資家の視点を強く意識した経営を実践している企業を表彰している。
・2017年度で6回目となるが、1回からの大賞企業は、ユナイテッドアローズ、丸紅、オムロン、ピジョン、花王、そして今回は塩野義製薬であった。
・塩野義製薬が優れている点として、1)投資家との対話を自社の企業価値向上につなげている、2)投資家視点の経営目標を設定し、その成果を出している、3)企業価値向上に向けた経営管理の仕組みを構築している、4)価値向上に向けた意識と仕組みが組織に浸透していることが評価された。
・具体的には、① 経営トップが自らの時間の25%を投資家との対話に充て、そこでの知見を経営にフィーッドバックしている。② 資本コストを上回るROE、ROICの目標を設定し、過去3年のROEは、9.4%、13.6 %、16.3%と大きく向上した。自社の資本コストを適時見直し、それを考慮した指標NPV(Risk adjusted NPV)を用いて、経営上の投資判断を行い、ポートフォーリオの管理を実践している。
・③ ROICなどの指標を細分化して、組織の現場におろしている。また、④ 経営トップ自ら四半期ごとに、すべての社員にメッセージを発信しており、次世代経営層の育成にもリーダーシップを発揮している。
・こうした内容は、経営のあるべき姿として、たぶん誰でも理解でき、異論はないであろう。しかし、頭で分かっても、それを実行するのが難しい。組織を実践的に運営して、成果を出せるような仕組みをいかに作っていくのか。その実態に着目したい。
・3月の表彰シンポジウムで、塩野義製薬の手代木功社長の話を聴く機会があった。その内容で注目すべき点をいくつか取り上げてみたい。
・医薬品市場は10兆円、うち9割は医療用で、一般用(OTC)は1割にすぎない。医療用は、新薬とジェネリックに分けられるが、そのまた9割が新薬である。新薬の開発には15年前後、グローバルに通用する新薬となると1000億円のR&D費を要する。
・一方で、成功の確率は0.1%よりも低い。つまりリスクが高いので、財務的に借入依存はできず、自己資本比率を高く保つ必要がある。キャッシュバランスを厚くもつので、ROEが低くなる公算も高い。
・新薬の特許は出願から20年、特許が切れればジェネリック品がすぐに出てくる。年商1000億円の売上があった大型新薬でも、特許切れの6カ月後には年商100億円ペースに落ちてしまう。このジェネリックによって、新薬の売上げが激減するパテントクリフ(特許切れによる収益の崖)をいかに乗り越えていくかが、最大の経営課題である。
・そのためには、パテントが切れる前から次のビジネスモデルを考えておく必要がある。新薬開発には長い時間がかかり、途中で失敗に至る事も多い。新薬が途切れずに、うまくつないで行けるビジネスサイクルをいかに築いていくかが10年単位で求められる。
・塩野義製薬は創業140年、新薬開発に特化している。2016~2017年にメガヒット商品のパテントが切れるので、その準備に力を入れてきた。国内だけでは市場が限られているので、グローバルな基盤作りに注力した。米国企業を買収したが、グローバルな開発体制を進める中で一時かなり苦労した。
・2008年に米国のサイエル社を1500億円で買収し、この会社の有する販売力を活かそうとした。2カ月後にリーマンショックがおき、新薬開発のいくつかのものが開発中止となったこともあり、米国の子会社のマネジメントが上手くいかなくなった。
・そこで、大規模なリストラを行い、マネジメントも交代させ、減損も行った。PMI(ポスト マージャー インテグレーション)が甘かった、と手代木社長はいう。
・経営は、論理だけではなく、感情が左右する。新しいマネジメントはビジョンを語り、共感を得るようにリーダーシップを発揮した。失敗を怖れて何もしないのではなく、失敗を通して人材が育つように展開した。
・パテントクリフへの対応として、2013年にクレストール(高コレステロール血症治療薬)に関するアストラゼネカとのロイヤリティ契約を見直した。特許が切れると、当社がアストラゼネカに与えていた新薬の製造販売権も終了し、同社からのロイヤリティ収入(約800億円)が一気になくなってしまう。互いに困るので、ロイヤリティの受取、支払いの方法を一気にゼロにするのではなく、早目に減らして、ゆっくりなくなるようにした。激減緩和策をとったのである。
・一方、抗HIVの新薬が2013年に承認を得て、グローバルに動きだすことになった。英国のViiV社(グラクソスミスクライン:GSK系)と共同開発したテビケイ(HIVインテグラーゼ阻害薬)が2017年に向けて大型新薬に育った。これによって。クレストールからテビケイへのバトンタッチができて、パテントクリフを克服、5年連続でピーク利益を更新した。
・2014年4月に策定した中期計画では、2020年のありたい姿に向けて、3年ローリングで計画をアップデートしていくことにした。2020年のビジョンは、創薬型製薬企業として社会とともに成長し続ける、とした。
・①感染症、疼痛・神経と、②日米に集中し、③SDGに関わるような社会的課題を解決しつつ、④イノベーションと医療経済性のバランスを成長のカギとする。
・2016年10月に、中期計画をアップデートした。社内の慢心と危機感をうめていくには、より高いレベルの目標を定めた方がよいと判断した。2020年までの定量目標として、1)成長性KPI(新製品売上2000億円、経常利益1500億円)2)効率性KPI(ROIC 13.5%、CCC(キャッシュ コンバージョン サイクル)5.5カ月、自社創薬比率50%以上)、3)株主還元KPI(ROE 15%以上、DOE 4.0%以上)とした。
・今回の特徴は、①収益構造を変革する、②社員に分かり易い指標を掲げる、③現場へ徹底する、という点にある。ロイヤリティ収入に依存して、自社のコアビジネスは赤字という体質から、コアビジネスでもしっかり稼ぐことを目標とした。KPIをROEからROICに変えて、ツリー分解で組織全体との関連性を分かり易くした。それを組織の末端まで‘自分ごと化’させるように活動する。
・シオノギ流のエンゲージメントでは、1)社長自らが時間の25%を使って機関投資家、アナリストと対話を行っている。2)顧客にも25%の時間を使って、卸、医師、薬剤師、患者との対話に出かけている、3)従業員に対しては、毎年平均を上回る昇給に加えて、①女性活躍、②子育てサポート、③健康促進に力を入れている。
・シオノギ流コーポレートガバナンスでは、1)取締役6名中3名が社外、2)監査役5名中3名が社外、3)非執行の会長が取締役会議長、4)指名・報酬の諮問委員会を置く、という体制をとっている。監査役の任期は2期8年である。
・社外取締役について、手代木社長は、社内のことが分かって、しっかり社長に意見が言えるようになるには3年が必要、そこから厳しく経営にも響くような意見が出てくる。よって、任期の目途は最長10年くらいが適切という印象をもっている。
・株主、顧客、社会、従業員の4つのステークホルダーに対して、常に最適なバランスで接していく。社長の時間配分も25%ずつ使っている。そして、この適切なバランスが崩れた時に企業は破綻する、という手代木社長の主張は、極めて説得的で感銘を受けた。